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小熊秀雄全集-15
おぐまひでおぜんしゅう-15 |
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作品ID | 2417 |
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副題 | 小説 しょうせつ |
著者 | 小熊 秀雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「新版・小熊秀雄全集第一巻」 創樹社 1990(平成2)年11月15日 |
入力者 | 八巻美恵 |
校正者 | 浜野智 |
公開 / 更新 | 2006-04-08 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 183 ページ(500字/頁で計算) |
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●小説総目次
土の中の馬賊の歌
味瓜畑
塩を撒く
殴る
裸婦
憂鬱な家
泥鰌
雨中記
諷刺短篇七種
盗む男の才能に関する話
暗黒中のインテリゲンチャ虫の趨光性に就いて
深海に於ける蛸の神経衰弱症状
芸妓聯隊の敵前渡河
村会の議題『旦那の湯加減並に蝋燭製造の件』
一婦人の籐椅子との正式結婚を認めるや否や
『飛つチョ』の名人に就いて
監房ホテル
遙か彼方を眺むれば
思索的な路の歌
下駄は携帯すべからず
カーテン
掏摸と彫像
小為替
犬はなぜ尻尾を振るか
犬は何故片足あげて小便するか
犬と女中 ――犬と謎々のうち――
社会寓話集
日本的とは何か―の行衛
果樹園のアナウンサー
百歳老人の話
魚の座談会
国際紙風船倶楽部
若い獅子の自由主義
奇妙な政治劇団
帽子の法令
娘の人事相談
徴発
二人の従軍記者
押しやられる流浪人の話
無題(一人の上京学生……)
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土の中の馬賊の歌
私はこゝにひとつの思想を盛つた食餌を捧げるそれは悪いことかもしらないまた善いことかもしらない、たゞ私が信じてゐるだけのことである。
人々が寝静まつた真夜中にどこからともなく土の中から唄が聞えてくる、がや/″\と大勢で話あつたり合唱したりそれは静かな賑やかな土の中の世界から洩れてくる陽気で華やかな馬賊の歌であつた。
歌は調子のよい賑やかなものであるが街の人々はふしぎにこの陽気な唄を地べたに聞くと悲しくなつて了ふのであつた。
『小父さん、草の根がガチャガチャ鳴らしてゐるやうな響きがするよ』
小さな裸の児供は土から生へてゐる一本の草にそつと耳を当て地の底の唄ひ声に聞き惚た。
『もちつと、そちらに行つて聞いてごらんなさい。
この辺の底のやうにも思はれますが』
『いや、そつちではない、この辺でござりませう』
『おや歯と歯が触れあふやうな音がした、こんどは太い濁つた男のいちだんと高い声が聞えます』
街の人々はあつちこつちの地面に耳をあてゝその唄を聴いたしかしたゞ街の地の底で聞えるといふだけで、どのへんで唄つてゐるのかわからなかつた。
土の中の馬賊の唄、この街の人々の伝説はかうなのです。
馬に乗つた馬賊の大将が従卒もつれずたつた一人で広々として野原を散歩した。
その夜はそれは美しく丸い月が出てゐた。
馬賊の大将は馬上でよい気分になつて月をながめながら、口笛をふいたり小声で歌をうたつたりしてだんだんと馬を進めてゐた。
手綱もだらりとさがつたきりになつてゐたので、この馬賊を乗せた白い馬も、のんきで風流な主人を乗せて、あちこちと自分の思つたところを、青草を喰べながら散歩することができた。
ふと馬賊が気がついてみますと自分は山塞からだいぶ離れた草つ原にきてゐた。
そして其処は切りたつた崖になつて眼下に…