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谷より峰へ峰より谷へ
たによりみねへみねよりたにへ
作品ID2428
著者小島 烏水
文字遣い新字新仮名
底本 「山岳紀行文集 日本アルプス」 岩波文庫、岩波書店
1992(平成4)年7月16日
入力者大野晋
校正者伊藤時也
公開 / 更新2009-09-22 / 2014-09-21
長さの目安約 73 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       穂高岳より槍ヶ岳まで岩壁伝いの日誌(明治四十四年七月)

二十日 松本市より島々まで馬車、島々谷を溯り、徳本峠を踰え、上高地温泉に一泊。
二十一日 穂高岳を北口より登り、穂高岳と岳川岳(西穂高岳)の切れ目より、南行して御幣岳(南穂高岳または明神岳)の一角に達し、引き返して奥穂高岳に登り、横尾の涸沢に下り、石小舎に一泊。
二十二日 石小舎を出発して、涸沢岳(北穂高岳)に登り、山稜を北行して、東穂高岳、南岳を経て、小槍ヶ岳(中の岳)、槍の大喰岳を経て、槍ヶ岳に到り、頂下に一泊。
二十三日 蒲田谷に下り、右俣に入りて、蒲田温泉に一泊。
二十四日 蒲田より白水谷を渉り、中尾を経て、割谷に沿い、焼岳(硫黄山)の新旧噴火口を探りて、再び上高地温泉に一泊。
二十五日 宮川の池に沿いて、宮川の窪を登り、岩壁を直進して、御幣岳の最南峰に登り、各峰を縦走して、二十一日の来路と合し、降路は下宮川谷に入りて、梓川に下り、上高地温泉に帰宿。
二十六日 上高地温泉を発足、徳本峠を越え、島々を経、馬車にて松本に到る。

    灰

      一

 汽車が桔梗ヶ原を通行するとき、原には埃と見紛わぬほどに、灰が白くかかって、畑の桑は洪水にでもひたされたあとのように、葉が泥塗みれになって、重苦しく俯向いている、車中の土地の人は、あれがきのう降った焼岳の灰で、村井や塩尻は、そりゃひどうござんした、屋根などは、パリパリいって、針で突っつくような音がしましたと、噴火の話をしてくれる。
 刈り残された雑木林の下路が、むら消えの雪のように、灰をなすりつけている。レールに近く養蚕広告のペンキ塗の看板が、鉛のような鉱物性の色をして、硬く平ったく烈しい日の光に向って立っていたが、汽車と擦れ違いさまに、仆れそうになって、辛くも踏み止まった。原の中の小さい池には、雲母を流したような雲の影が、白く浮んで、水の底からも銀色をした雲が、むらむら湧いて来る、丹念に桑の葉に、杞杓の水をかけては、一杯一杯泥を洗い落している、共稼ぎらしい男女もある、穂高山と乗鞍岳は、窓から始終仰がれていたが、灰の主(焼岳)は、その中間に介まって、しゃがんでいるかして、汽車からは見えなかった。これらの山々から瞰下されて、乾き切っている桔梗ヶ原一帯は、黒水晶の葡萄がみのる野というよりも、橇でも挽かせて、砂と埃と灰の上を、駈けずって見たくなった。
 松本市で汽車を下りたが、青々とした山で、方々を囲まれていて、雲がむくむくと、その上におい冠ぶさっている、山の頂は濃厚な水蒸気の群れから、二、三尺も離れて、その間に冴えた空が、澄んだ水でも湛えたように、冷たい藍色をしている、そこから秋の風が、すいすいと吹き落して来そうである。

       二

 翌くる日、渚というところから、馬車に乗った、馬車は埃で煙ッぽくなってる一本道を走る、こ…

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