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クララ
クララ
作品ID24366
著者林 芙美子
文字遣い旧字新仮名
底本 「童話集 狐物語」 國立書院
1947(昭和22)年10月25日
入力者林幸雄
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2005-06-11 / 2014-09-18
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 むつは、何か村中が湧きかえるような事件を起してやりたくて寢ても覺めても色々なことを考えていました。窓に頬杖をついて山吹のしだれた枝を見ていると、山吹の長い枝がふわふわ風にゆれています。じっと見ているとだんだん面白くなって來ました。風は神樣に違いないと思い始めました。にんじゅつをつかって姿を見せないで、山吹の葉の下で鼠のようにチロチロ遊んでいるのだろうと思いました。むつは前よりも、もっと熱心に視つめました。羽根の生えた蟻のような蟲がぶうんと山吹の枝へ飛んで來て兩手でお祈りをしています。風の神樣はエス樣だろうと思いました。教會の牧師さんの家の下には、たくさんかめがいけてあって、そのかめの中へ油がたくさん貯えてあるそうだけれども、あの油が風の神樣ではないのだろうかと、むつはぼんやり羽蟲のお祈りを見ていました。しばらくすると羽蟲はまたどっかへぶうんと飛び去って行きましたが、山吹の長い枝の一つ一つに陽が強くあたって來て、草色の柔い葉っぱがひらひら雨に當り始めました。葉っぱはあの羽蟲に何か注射をされて、あんなに生きがえったのだろうと、むつは土間から庭へ降りて行って、よく陽のあたる山吹の枝を一つ一つ強くひっぱってみました。どんなにひっぱってもひらひら葉っぱが動いているし、むつの赤茶けた髮の毛まで右の頬へ風で吹きたおされて來ます。むつは風の子を兩手でぴしゃぴしゃ叩いてやりました。だが、風は眼には見えないので、すぐひばの垣根の上の方ヘ音をたてて逃げてゆきます。むつは空の上へ逃げて行った風を見ました。雲がたくさん飛んでいます。風の乘物は雲なのかも知れないと思いました。キップを大人のように買うのだろうかと思いました。むつは、身輕るな風のように飛びあがって雲へ乘りたくて仕方がありませんでした。雲へ乘って村のひとたちを驚かせてやりたくて仕方がありませんでした。首が痛くなるほどあおむいていると、ぐらぐらと後へたおれそうになります。何か世の中で一番おいしいものを食べたいものだと思いました。學校の先生の所にある栗まんじゅう飛んで來いと、むつは心で云いました。ふわふわ空を飛んで來るようです。むつはそれを兩手ですくって口の中へ押しこんでうまいうまいと云いましたが、生唾が出るばかりで、栗まんじゅうの姿が口のそばで消えてしまうのです。ああ、うちの母さんはなぜお金もうけが下手なのだろうと、むつは自分の母親はきっとエス樣に憎まれているのに違いないと思いました。朝早くから、むつの母親は方々の百姓仕事の手傳いに行きました。弟の太郎は臭い鼻汁ばかり出しているし、むつは、大人の口まねで「ええくそいまいましい。」と舌打ちするのでした。學校へは一里もあるので、むつはなんとかかとか云っては休んでばかりいました。むつは三年生です。先生は木内たねと云って、十八ばかりの若い先生でした。紫色のメリンスの袴をしていて袴が長…

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