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亀さん
かめさん
作品ID24371
著者林 芙美子
文字遣い旧字新仮名
底本 「童話集 狐物語」 國立書院
1947(昭和22)年10月25日
入力者林幸雄
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2005-06-05 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 むっくり、むっくり、誰もとおらない田舍みちを、龜さんが荷物を首にくくりつけて旅をしていました。みちの兩側は廣い麥畑です。
 麥畑の上をすずしい風がそよそよと吹いています。「ああ、くたびれた。どこへ行ったら水があるのかな。」龜さんは首を持ちあげて、じっとあたりをみました。
 どこかで蛙の合唱がきこえます。何でも、このへんには蛙の小學校があるのでしょう。聲をはりあげて蛙がうたっています。龜さんは荷物をおろして、どっこいしょと石ころの上にはい上がってやすみました。
「おいおい、誰だ、重くてつぶれそうだよ。」
 小さい聲がきこえます。龜さんはびっくりして石から降りました。
「誰だね……。」
 龜さんがきょとんとしている眼の前に、にょろにょろと小さいみみずが出てきました。龜さんはびっくりして
「ああおどろいた。」
 といいました。みみずはまだ子供です。
「おいおいみみずさん、このへんに水をのむところはないかね。」
 龜さんがききました。みみずは赤いからだをくねくねうごかして、「もう、すぐそこにあるよ。」と教えてくれました。みみずは大きい龜さんをみて、どうもこのへんにはみかけない龜だとおもって、
「おじさんはどっから來たの。」
 とたずねました。龜さんは腰からタバコ入れを出してタバコを一ぷくつけて吸いました。
「わたしは遠いところから來たのだよ。汽車に乘ってね、二日もかかってここへ來たのさ。どこか働くところはないかと思ってね。」
「ふうん、おじさんは貧乏なんだね。」
「うん、貧乏なのさ、だから、うんと働いてお金をためてかえろうと思うのさ……。」
「何をして働くの。」
「そうだね、おひっこしの手傳い人夫でもしょうかと思ってるンだけどね。」
 みみずはおかしくなって笑いました。だって、のろのろしている龜のおじさんに、お引越しをたのむものはないだろうと思ったからです。
「わたしは朝から何もたべないのだよ。おなかがぺこぺこだけど、このへんに飯屋はないかね。」
「こんな田舍に飯屋なんてありゃアしないよ。ここは蛙縣の蛙村といって、この村へ來たからには、蛙の村役場に行って、とどけをするンだよ。」
「ほう、蛙村というところかね。――どんなとどけをするのかね。」
「村役場へ行って、村長にちょっと顏をみせればいいのさ。おじさんの話次第では、宿屋もみつけてくれるかもしれないよ。」
「ほう、村長はやさしいのかね。」
「やさしい時なンてめったにないけれど、おだてのきく蛙村長だから、そのつもりで行けば何でもないよ。」
「いい景色の村だね。金持ぞろいが住んでいるみたいだね。」
「なアに、金なんてありゃアしないよ。みんな貧乏なのさ。おしゃべりが好きだから、仕事なんかしないで會議ばかりしているので、金なんかすこしもありゃアしないよ。」
 みみずはまぶしそうにお陽さまをみています。糸のような赤いみみずは…

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