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丹下左膳
たんげさぜん
作品ID24377
副題02 こけ猿の巻
02 こけざるのまき
著者林 不忘
文字遣い新字新仮名
底本 「林不忘傑作選3 丹下左膳(三) こけ猿の巻」 山手書房新社
1992(平成4)年8月20日
「林不忘傑作選4 丹下左膳(四) 続・こけ猿の巻」 山手書房新社
1992(平成4)年8月20日
初出「丹下左膳」東京日日新聞、大阪毎日新聞、1933(昭和8)年6月7日~11月5日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2006-01-08 / 2014-09-18
長さの目安約 498 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

伊賀の暴れん坊





 さっきの雷鳴で、雨は、カラッと霽れた。
 往来の水たまりに、星がうつっている。いつもなら、爪紅さした品川女郎衆の、素あしなまめかしいよい闇だけれど。
 今宵は。
 問屋場の油障子に、ぱっとあかるく灯がはえて、右往左往する人かげ。ものものしい宿場役人の提灯がズラリとならび、
「よしっ! ただの場合ではない。いいかげんに通してやるゆえ、行けっ!」
「おいコラア! その振分はあらためんでもよい。さっさと失せろっ」
 荷物あらための出役と、上り下りの旅人のむれが、黒い影にもつれさせて、わいわいいう騒ぎだ。
 ひがしはこの品川の本宿と、西は、琵琶湖畔の草津と、東海道の両端で、のぼり下りの荷を目方にかけて、きびしく調べたものだが、今夜は、それどころではないらしい。
 ろくに見もせずに、どんどん通している。
 大山もうでの講中が、逃げるようにとおりすぎて行ったあとは、まださほど夜ふけでもないのに、人通りはパッタリとだえて、なんとなく、つねとは違ったけしきだ。
 それもそのはず。
 八ツ山下の本陣、鶴岡市郎右衛門方のおもてには、抱き榊の定紋うった高張提灯を立てつらね、玄関正面のところに槍をかけて、入口には番所ができ、その横手には、青竹の菱垣を結いめぐらして、まんなかに、宿札が立っている。
 逆目を避けた檜の一まい板に、筆ぶとの一行――「柳生源三郎様御宿」とある。
 江戸から百十三里、伊賀国柳生の里の城主、柳生対馬守の弟で同姓源三郎。「伊賀の暴れン坊」で日本中にひびきわたった青年剣客が、供揃いいかめしく東海道を押してきて、あした江戸入りしようと、今夜この品川に泊まっているのだから、警戒の宿場役人ども、事なかれ主義でびくびくしているのも、むりはない。
「さわるまいぞえ手をだしゃ痛い、伊賀の暴れン坊と栗のいが」
 唄にもきこえた柳生の御次男だ。さてこそ、何ごともなく夜が明けますようにと、品川ぜんたいがヒッソリしているわけ。たいへんなお客さまをおあずかりしたものだ。
 その本陣の奥、燭台のひかりまばゆい一間の敷居に、いま、ぴたり手をついているのは、道中宰領の柳生流師範代、安積玄心斎、
「若! 若! 一大事出来――」
 と、白髪あたまを振って、しきりに室内へ言っている。



 だが、なかなか声がとどかない。
 宿は、このこわいお客さまにおそれをなして、息をころしているが、本陣の鶴岡、ことに、この奥の部屋部屋は、いやもう、割れっかえるような乱痴気さわぎなので。
 なにしろ、名うての伊賀の国柳生道場の武骨ものが、同勢百五十三人、気のおけない若先生をとりまいて、泊まりかさねてここまで練ってきて、明朝は、江戸へはいろうというのだから、今夜は安着の前祝い……若殿源三郎から酒肴がおりて、どうせ夜あかしとばかり、一同、呑めや唄えと無礼講の最中だ。
 ことに、源三郎…

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