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長谷川時雨が卅歳若かつたら
はせがわしぐれがさんじゅっさいわかかったら
作品ID24386
著者直木 三十五
文字遣い旧字旧仮名
底本 「直木三十五全集 第14巻」 示人社
1991(平成3)年7月6日
入力者門田裕志
校正者多羅尾伴内
公開 / 更新2003-08-22 / 2014-09-17
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 女人藝術は、美人揃ひである。(私が、獨身であつたなら!)中でも、時雨さんは、美人である(多分、女性は美人であるといはれることを喜ぶにちがひない、と私は信じてゐるのだが――)それからまた、生粹の江戸つ子は、ただの江戸つ子であるよりも生粹とつけた方を喜ぶらしい)それから、その――(夫といつていゝか、燕?――少し、禿すぎてゐるが)愛する於莵吉は十一も齡下で、女性の持ちうる幸福を一人でもつてゐる人である。
 その上に趣味が廣く――例へば最近、その三上を對手として、いい齡をしながら(失言?)將棋を稽古しかけたりしてゐる。そして、一かど、考へ込んで、眞面目な顏をして、一寸、待つて頂戴、待つて頂戴つたら、と喧嘩してゐる。また、その趣味の澁い例を擧げると、三上がその著名なる東京市内出沒行脚をやつて、二十日も歸つて來ないと時雨さんは、薄暗い部屋の中で端座して、たゞ一人双手に香爐を捧げて、香を聞いてゐる。何のためだと思ふと、氣を靜める妙法で――露骨に、これを説明すると、やきもち靜め――その澁さ、床しさ、到底女人藝術同人などの、考へつく所のものではない。
(尤も、これは昔話である)
 それからまた、料理屋を經營したり、子供芝居に手を出したり、大衆物もかくし、現代物もいゝし、戲曲、將棋、香合、女人藝術、左傾、等々、三上の神出鬼沒が、辟易する位に――世間語からいへば、氣が若く、哲學的に解釋すれば、進歩的頭腦であり、藝者にいはせると、女文士つて道樂氣の多いものね、であり、醫學的に考察すれば、夫の年齡の若さによる生理的現象であり、又これを、社會的に觀察すれば、嫁にもらひ手のない女文士の救濟家(この一句、失言、取消し。こんな事もあらうかと、初めに、皆美人だと、御世辭をいつておいたのだが)。
 とにかく、メンスの上つた女性で(どうもこれも失言らしいが)老いてます/\旺ん(これもまた失言らしいが)なのは、關西では林歌子、關東では長谷川時雨だけである。田村俊子、岡田八千代、與謝野晶子、等々、皆振はない中に、たゞ一人、時雨女史が、三宅やす子、宇野千代、平林たい子などの若い人以上に、お河童の女の中に餓鬼大將として、女性行進曲を吹奏してゐる事は、早呆けする日本の女としては、珍らしい人である。
 同じ女に取卷かれてゐても、三上は(説明中止)――時雨さんは、社會的に、文學的に、とにかく最早、三四人の女文子を送出してゐる、この賢明にして美しい人が、もう卅歳若かつたなら?――日本の文壇は、何う動搖し、私は――私は、數へると、九歳だつ!



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