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ゆめ
作品ID24393
著者寺田 寅彦
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第一巻」 岩波書店
1996(平成8)年12月5日
初出「明星 第一巻第五号」1922(大正11)年3月1日
入力者Nana ohbe
校正者松永正敏
公開 / 更新2004-04-18 / 2016-02-25
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

         一

 石の階段を上って行くと広い露台のようなところへ出た。白い大理石の欄干の四隅には大きな花鉢が乗っかって、それに菓物やら花がいっぱい盛り上げてあった。
 前面には湖水が遠く末広がりに開いて、かすかに夜霧の奥につづいていた。両側の岸には真黒な森が高く低く連なって、その上に橋をかけたように紫紺色の夜空がかかっていた。夥しい星が白熱した花火のように輝いていた。
 やがて森の上から月が上って来た。それがちょうど石鹸球のような虹の色をして、そして驚くような速さで上って行くのであった。
 すぐ眼の下の汀に葉蘭のような形をした草が一面に生えているが、その葉の色が血のように紅くて、蒼白い月光を受けながら、あたかも自分で発光するもののように透明に紅く光っているのであった。
 欄干の隅の花鉢に近づいてその中から一輪の薔薇を取り上げてみると、それはみんな硝子で出来ている造花であった。
 湖水の面一面に細かくふるえきらめく漣を見詰めているうちに私は驚くべき事実に気が付いた。
 湖水の水と思ったのはみんな水銀であった。
 私は非常に淋ししような心持になって来た。そして再び汀の血紅色の草に眼を移すと、その葉が風もないのに動いている。次第に強く揺れ動いては延び上がると思う間にいつかそれが本当の火焔に変っていた。
 空が急に真赤になったと思うと、私は大きな熔鉱炉の真唯中に突立っていた。

         二

 私は桟橋の上に立っていた。向側には途方もない大きな汽船の剥げ汚れた船腹が横づけになっている。傘のように開いた荷揚器械が間断なく働いて大きな函のようなものを吊り揚げ吊り降ろしている。
 ドイツの兵隊が大勢急がしそうにそこらをあちこちしている。
 不意に不思議な怪物が私の眼の前に現われて来た。それはちょうど鶴のような恰好をした自働器械である。その嘴が長いやっとこ鋏のようになって、その槓杆の支点に当るねじ鋲がちょうど眼玉のようになっている。鳥の身体や脚はただ鎚でたたいて鍛え上げたばかりの鉄片を組合せて作ったきわめて簡単なもののように見える。鉄はところどころ赤く錆びている。それにもかかわらずこの粗末な器械は不思議な精巧な仕掛けでもあるかのように全く自働的に活動している。ちょうど鶴のような足取りで二歩三歩あるくと、立ち止まって首を下げて嘴で桟橋の床板をゴトンゴトンと音を立ててつっついている。そういう挙動を繰返しながら一直線に進んで行くのである。
 私はその器械の仕掛けを不思議に思うよりも、器械の目的が何だろうと思い怪しんでみたが全く見当も付かなかった。
 桟橋を往来している兵隊等はこの不思議な鉄の鳥に気が付かないのか、気が付いていても珍しくないのか、誰一人見向いてみるものもない。
 それで鉄の鶴は無人の境を行くようにどこまでも単調な挙動を繰返しながら一直線に進んで行く…

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