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高知がえり
こうちがえり |
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作品ID | 24421 |
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著者 | 寺田 寅彦 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「寺田寅彦全集 第一巻」 岩波書店 1996(平成8)年12月5日 |
初出 | |
入力者 | Nana ohbe |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2004-04-12 / 2016-02-25 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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明後日は自分の誕生日。久々で国にいるから祝の御萩を食いに帰れとの事であった。今日は天気もよし、二、三日前のようにいやな風もない。船も丁度あると来たので帰る事と定める。朝飯の時勘定をこしらえるようにと竹さんに云い付ける。こんどはいつ御出でかと例の幡多訛りで問う。おれの事だからいつだかわからんと云ったような事を云うてザブ/\とすまし、机の上をザット片付けて革鞄へ入れるものは入れ、これでよしとヴァイオリンを出して second position の処を開けてヘ調の「アンダンテ」をやる。1st とちがって何処かに艶があってよい。袷を綿入に着かえて重くるしいのに裾が開きたがって仕方がない。縁側へ日が強くさして何だか逆上する。鼻の工合が変だが、昨日の写生で風でも引きやしなかったかしらん。東の間では御ばあさんの声で菊尾さんを呼んでいる。定勝を尋ねて来いといいつけている。着物の寸法も取らねばならんのに朝から何処へいったのかとブツブツ。間もなく菊尾は帰ったが、安田にも学校にも居ませんと云うので、御ばあさんまたブツブツ。そのうち定勝さんが帰った。着物の寸法を取らねばならぬに何処へ行っていたか。この忙しいのにどんなに世話を焼かすか知れぬと頭ごなし。帰って来たとて宅に片時居るでもなし。おまけに世話ばかり焼かして……。もうそう時々帰って来るには及ばぬ……とカンカン。誰れか余所の伯母さんが来て寸を取っているらしい。勘定を持って来た。十五円で御釣りが三円なにがし。その中の銀一枚はこれで蕎麦をおごろうと御竹さんの帯の間へ。残りは巾着へ、チャラ/\と云うも冬の音なり。今日は少し御早くと昼飯が来て、これでまたしばらくと云うような事を云い合うて手早くすます。しばらくすると二階で「汽船が見えました」と御竹の声。奥からは「汽船が見えました。今日御帰りで御ざいますそうな」と御八重が来る。これはちと話の順序がちがっているようだ。料理人篠村宇三郎、かご入りの青海苔を持って来て、「これは今年始めて取れましたので差上げます。御尊父様へよろしく」と改まったる御挨拶で。そのうち汽船の碇を下ろす音が聞えて汽笛一声。「サアそろそろ出掛けようか。」「御荷物はこれだけで。」「イヤコレハ私が持って行こう。サヨーナラ。」「また御早うに……。」定勝さんも今日の船で帰校するとて、背嚢へ毛布を付けている。今日は船がよほどいつもよりは西へついている。何処の学校だか行軍に来たらしい。生徒が浜辺に大勢居る。女生の海老茶袴が目立って見える。船にのるのだか見送りだか二十前後の蝶々髷が大勢居る。端艇へ飛びのってしゃがんで唾をすると波の上で開く。浜を見るとまぶしい。甲板へ上がってボーイに上等はあいているかと問うとあいているとの事、荷物と帽を投げ込んで浜を見ると、今端艇にのり移ったマントの一行五、六人、さきの蝶々髷の連中とサヨーナラといっている…