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記録狂時代
きろくきょうじだい
作品ID2484
著者寺田 寅彦
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦随筆集 第四巻」 岩波文庫、岩波書店
1948(昭和23)年5月15日、1963(昭和38)年5月16日第20刷改版
初出「東京朝日」1933(昭和8)年6月
入力者(株)モモ
校正者かとうかおり
公開 / 更新2003-08-28 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 何事でも「世界第一」という名前の好きなアメリカに、レコード熱の盛んなのは当然のことであるが、一九二九年はこのレコード熱がもっとも猖獗をきわめた年であって、その熱病が欧州にまでも蔓延した。この結果としてこの一年間にいろいろの珍しいレコードが多数にできあがった。それら記録の中で毛色の変わったのを若干拾いだした記事が机上の小冊子の中で見つかったから紹介する。
 シカゴ市のある男は七十九秒間に生玉子を四十個まるのみしてレコードを取ったが、さっそく医者のやっかいになったとある。ずっと昔、たしか南米で生玉子の競食で優勝はしたが即死した男があった。今度のレコードは食った量のほかに所要時間を測定してあるのが進歩である。時間が無制限ならば百や二百の生玉子をのむのは容易である。
 ウィーンのある男は厳重なる検閲のもとにウインドボイテル(軽焼きまんじゅうの類)を六十九個平らげた。彼の敵手は決勝まぎわに腹痛を起こして惜敗したと伝えられている。
 こういう種類の競技には登場者の体重や身長を考慮した上で勝敗をきめるほうが合理的であるようにも思われるが、そうしないところを見ると結局強いもの勝ちの世の中である。
 食いしんぼうのレコード保有者でも少し風変わりなのは、パリのムシウ・シエールである。この人は一年間に宴会に出席すること四百回、しかも毎回欠かさずに卓上演説をしてのけたそうである。わが国でも実業家政治家の中には人と会食するのが毎日のおもなる仕事だという人があると聞いてはいるが、三百六十五日間に四百回の宴会はどうかと思われる。それにしても、この四百回の会食を遂げたという事実の真実性を証明するための審査ははなはだめんどうであったろうと想像される。
 シガー一本をできるだけゆっくり時間をかけて吸うという競技で優勝の栄冠を獲たのはドイツ人何某であった。すなわち、五時間と十七分というレコードを得たのである。遺憾ながらそのシガーの大きさや重量や当日の気温湿度気圧等の記載がない。この競技は速度最小という消極的なレコードをねらうところに一種特別の興味がある。できるだけのろく燃えるという事と、燃えない、すなわち消火するという事とは本質的にちがうのである。これに対してたとえば百メートルの距離をできるだけのろく「走る」競技が成立するかどうかという問題が起こし得られる。高速度活動写真でとった、いわゆるスローモーションの競走映画で見ると同じような型式の五体の運動を、任意の緩速度で実行できるかというと、これは地球の重力gの価を減らさなければむつかしそうに思われる。できるだけのろく「歩く」競技も審査困難と思われる。しかしこのシガーの競技は可能であるのみならず、どこかに実にのんびりした超時代的の妙味があるようである。ただこの競技の審査官はいかにも御苦労千万の次第である。だれかしかるべき文学者がこの競技の光景を描い…

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