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男女同権
だんじょどうけん
作品ID250
著者太宰 治
文字遣い新字新仮名
底本 「太宰治全集8」 ちくま文庫、筑摩書房
1989(平成元)年4月25日
初出「改造」1946(昭和21)年12月
入力者柴田卓治
校正者石川友子
公開 / 更新2000-04-19 / 2014-09-17
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 これは十年ほど前から単身都落ちして、或る片田舎に定住している老詩人が、所謂日本ルネサンスのとき到って脚光を浴び、その地方の教育会の招聘を受け、男女同権と題して試みたところの不思議な講演の速記録である。


 ――もはや、もう、私ども老人の出る幕ではないと観念いたしまして、ながらく蟄居してはなはだ不自由、不面目の生活をしてまいりましたが、こんどは、いかなる武器をも持ってはならん、素手で殴ってもいかん、もっぱら優美に礼儀正しくこの世を送って行かなければならん、というまことに有りがたい御時勢になりまして、そのためにはまず詩歌管絃を興隆せしめ、以てすさみ切ったる人心を風雅の道にいざなうように工夫しなければいかん、と思いついた人もございますようで、おかげで私のようにほとんど世の中から忘れられ、捨てられていた老いぼれの文人もまた奇妙な春にめぐり合いました次第で、いや、本当に、気取ってみたところで仕様がございません、私は十七の時から三十数年間、ただもう東京のあちこちでうろうろして、そうしておのずから老い疲れて、ちょうど今から十年前に、この田舎の弟の家にもぐり込んで、まったくダメな老人として此の地方の皆さまに呆れられ、笑われて、いやいや、決してうらみを申し述べているのではございません、じっさい私はダメな老人で、呆れられ笑われるのも、つまりは理の当然というもので、このような男が、いかに御時勢とは言え、のこのこ人中に出て、しかも教育会! この世に於いて最も崇高にして且つ厳粛なるべき会合に顔を出して講演するなど、それはもう私にとりましてもほとんど残酷と言っていいくらいのもので、先日この教育会の代表のお方が、私のところに見えられまして、何か文化に就いての意見を述べよとおっしゃるのを、承っているうちに、私の老いの五体はわなわなと震え、いや、本当の事でございます、やがて恋を打ち明けられたる処女の如く顔が真赤に燃えるのを覚えまして、何か非常な悪事の相談でもしているような気がしてまいったのでございます。しかし、なおよくその代表のお方の打ち明けたお話を承ってみますと、このたびの教育会には、あの有名な社会思想家の小鹿五郎様がその疎開先のA市からおいでになって、何やら新しい思想に就いて講演をなさる、というご予定でございましたそうで、ところが運わるく、小鹿様がいったん約束をして置きながら、突然おことわりの電報をよこした、いや、あれくらい有名になると、いろいろまた都合というものもございますのでしょう、あながち小鹿様のわがままとのみ解せられない事でございまして、世の中というものは、たいていそんなもので、いつの世に於いても、頭のよい偉い人には、この都合というものがたくさんございますような工合で、私どもは、ただ泣き寝入りのほかはございませんでして、さて、その小鹿様には断られても、既に今日の教育会は予定せ…

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