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雪渡り
ゆきわたり |
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作品ID | 2543 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「宮沢賢治全集8」 ちくま文庫、筑摩書房 1986(昭和61)年1月28日 |
初出 | 「愛国婦人」1921(大正10)年12月号、1922(大正11)年1月号 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | 鈴木厚司 |
公開 / 更新 | 2009-02-08 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 14 ページ(500字/頁で計算) |
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雪渡り その一(小狐の紺三郎)
雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり、空も冷たい滑らかな青い石の板で出来てゐるらしいのです。
「堅雪かんこ、しみ雪しんこ。」
お日様がまっ白に燃えて百合の匂を撒きちらし又雪をぎらぎら照らしました。
木なんかみんなザラメを掛けたやうに霜でぴかぴかしてゐます。
「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。」
四郎とかん子とは小さな雪沓をはいてキックキックキック、野原に出ました。
こんな面白い日が、またとあるでせうか。いつもは歩けない黍の畑の中でも、すすきで一杯だった野原の上でも、すきな方へどこ迄でも行けるのです。平らなことはまるで一枚の板です。そしてそれが沢山の小さな小さな鏡のやうにキラキラキラキラ光るのです。
「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。」
二人は森の近くまで来ました。大きな柏の木は枝も埋まるくらゐ立派な透きとほった氷柱を下げて重さうに身体を曲げて居りました。
「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。狐の子ぁ、嫁ぃほしい、ほしい。」と二人は森へ向いて高く叫びました。
しばらくしいんとしましたので二人はも一度叫ばうとして息をのみこんだとき森の中から
「凍み雪しんしん、堅雪かんかん。」と云ひながら、キシリキシリ雪をふんで白い狐の子が出て来ました。
四郎は少しぎょっとしてかん子をうしろにかばって、しっかり足をふんばって叫びました。
「狐こんこん白狐、お嫁ほしけりゃ、とってやろよ。」
すると狐がまだまるで小さいくせに銀の針のやうなおひげをピンと一つひねって云ひました。
「四郎はしんこ、かん子はかんこ、おらはお嫁はいらないよ。」
四郎が笑って云ひました。
「狐こんこん、狐の子、お嫁がいらなきゃ餅やろか。」
すると狐の子も頭を二つ三つ振って面白さうに云ひました。
「四郎はしんこ、かん子はかんこ、黍の団子をおれやろか。」
かん子もあんまり面白いので四郎のうしろにかくれたまゝそっと歌ひました。
「狐こんこん狐の子、狐の団子は兎のくそ。」
すると小狐紺三郎が笑って云ひました。
「いゝえ、決してそんなことはありません。あなた方のやうな立派なお方が兎の茶色の団子なんか召しあがるもんですか。私らは全体いままで人をだますなんてあんまりむじつの罪をきせられてゐたのです。」
四郎がおどろいて尋ねました。
「そいぢゃきつねが人をだますなんて偽かしら。」
紺三郎が熱心に云ひました。
「偽ですとも。けだし最もひどい偽です。だまされたといふ人は大抵お酒に酔ったり、臆病でくるくるしたりした人です。面白いですよ。甚兵衛さんがこの前、月夜の晩私たちのお家の前に坐って一晩じゃうるりをやりましたよ。私らはみんな出て見たのです。」
四郎が叫びました。
「甚兵衛さんならじゃうるりぢゃないや。きっと浪花ぶしだぜ。」
子狐紺三郎はなるほどといふ顔をして、
「えゝ…