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御門主
ごもんしゅ
作品ID2550
著者与謝野 晶子
文字遣い新字旧仮名
底本 「東京朝日新聞」 朝日新聞東京本社
1912(明治45)年1月1日
入力者武田秀男
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-02-24 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 先刻まで改札の柵の傍に置いてあつた写真器は裏側の出札口の前に移されて、フロツクコートの男が相変らず黒い切を被いだり、レンズを覗いたりして居る。その傍に中年老年の僧侶が法衣の上から種々の美しい袈裟を掛けて三十五六人立つて居る。羽織袴の服装の紳士もそれと同じ数程居て、フロツクコートを着た人も混つて、口々に汽車が後れたから、汽車が定刻より遅く着くさうだからと云つて居る。この様を場内の旅客が珍らしさうに立つて見て居る中に、桃割に結つて花車ななよ/\とした身体を伴れの二十四五の質素な風をした束髪の女の身体にもたれるやうにして、右の手ではもう一人の伴れの二十一二の束髪の女の袂の先を持つて、
『沢山な坊さんだわね。二十人坊主、三十人坊主。ほ、ほ、ほ。』
 と笑つて居る女がある。
『えヽ、さうですね。』
 後に居た年上の女はかう云つて点頭いた。目鼻立は十人並勝れて整ふて居るが寂しい顔であるから、水晶の中から出て来たやうな顔をして明るい色の着物を着た伴の女に比べると、花の傍に丸太の柱が立て居る程に見られるのであつた。近い処に居る人の目は屡桃割の女に注がれる。絵はがきになつて居る赤坂の某だらうなどヽ云つて居る者もあつた。
『山崎さん、二三日前の新聞に出て居た本願寺の田鶴子姫とか云ふ方がいらつしやるのぢやないのでせうか。』
 青味のある顔に幾つも黒子のある前の方の女が後の束髪の女にかう云つた。
『さうよ、さうよ、あの人よきつと。』
 と云つて、桃割の女は前の女が倒れさうになる程二三度もその持つた袖を引つ張つた。
『さうですかしら、今日いらつしやると書いてあつて。』
 山崎と云ふ女は前の女に斯尋て居る。
『書いてありませんでしたけれど、さうぢやないかと思つたのですよ。』
『それぢや当になりませんわ。』
 と云つて山崎は笑ふ。
『山崎さん、田鶴子姫なんですよ、だから写真なんかとるんだわね。』
 かう桃割の女は云つて、袖を持つた手を放して少し前の方へ出た。
『よく見ませうよ、平生に見ようと思つたつて見られやしないのですから。』
 黒子の女は山崎の傍へ寄つてかう云つた。
『なんて間が好いんでせう。』
 と云つて桃割れの女は後を向いた。
『ほ、ほ、ほ。』
『まあお嬢さん。』
 二人の女は笑ひながら赤い顔をして下を向いた。その傍に十四五と十二三の下髪にした二人の娘を伴れて立つて居た老紳士はふいと待合室の方へ歩み去つた。横浜から汽車が着いて改札口から入つて来る人々は皆足早に燕のやうに筋違に歩いて出口の方へ行く。
『勝間さんが来てよ。』
 と桃割の女は二人に云つた。
『さうで御座いますか。』
 と云つて山崎が向うを見る。丁度其時大島の重ねに同じ羽織を着て薄鼠の縮緬の絞りの兵児帯をした、口許の締つた地蔵眉の色の白い男が駅夫に青い切符を渡して居た。
『真実に勝間さんよ。』
 背の高い山崎は少し身を…

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