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女が来て
おんながきて
作品ID2556
著者与謝野 晶子
文字遣い新字旧仮名
底本 「我等」 我等発行所
1914(大正3)年6月号
入力者武田秀男
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-02-26 / 2014-09-17
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 良人は昨日来た某警察署の高等視察のした話をSさんにして居ました。私は手に卓上と云ふ茶色の表紙をした雑誌を持ちながら、初めて聞く話でしたから良人の言葉に耳を傾けて居ました。
『あの時居たYをね、あれがNさんでせうつて云ふのだよ。』
 と良人は私に話を向けました。私は思はず笑ひ出しました。その高等視察が来ました時に私はKさんと云ふ人とやはりこの応接室で話をして居たのでした。私が階下へ降りると直ぐKさんも階下へ来ました。それ迄良人と話をして居たYさんも続いて階下の座敷へ来ましたから、私は今来た人が人払ひを頼んだのであらうと思つたのでした。
『Yさんが大変なお金持に見られるつて、まあね。』
『Y君が出て行くとね、あの方でせうNさんはつて云ふのだよ。』
『随分をかしい人。』
 私は襟のよれかかつた、縞目の穢れたYさんの背広の姿が目に見えて酸つぱいやうな気がしました。
『その方はね、お金が無くつてね、自身も一人の女の人ももう死なうと思ふと云ふやうな話に来ていらつしつたのですよ。』
 と私はSさんに云ひました。SさんはもとよりNさんが大きな富豪で、東京へ遊びに来ても自動車にばかり乗るので、其人を妙なことから注意人物にして居る警視庁が無駄な費用を多く使はせられて居ることなども知つて居るのです。
『ふうむ、死ぬつて云ふ人。』
 Sさんはこれはまたと云ふ顔をしました。
『妙な人が来るもので。』
 良人はYさんのことをSさんに話し出さうとして居ました。私は女中が一寸来てくれと云ふものですから階下へ降りました。
 Sさんのやうな独身者には応接室で御馳走を上げるより、茶の間で家族と一緒に賑かに食べて貰ふ方がいいと良人は何時も云つて居るものですから、今日も其仕度をしてSさんを案内して来ました。Sさんは子供達に、
『さあ、七杯食べる子には小父さんが御褒美をやるよ。』
 などと戯れて居ました。
『海鼠の腸がないかい。』
 と良人が云ふものですから、私は雲丹ならまだある筈だと思ひまして、女中に持つて来させましたが、
『これは少し酒精気の多い雲丹です。去年××から貰つて来たのてすよ。』
 と良人がSさんに云ふのを聞いて、私はまたYさんのことを思ひ出しました。それは良人が九州の或団体から招待を受けて行つた時に、××新聞社の社員として接待の役をしてくれたのがYさんだつたのださうですから。
 中の三人の子が床に入りましてから、私はまだ眠りさうにない末の子を抱いて二階へ行きました。
『つひ、長居をしてしまつて。』
 と云つて、Sさんは椅子を離れました。
『まあ、いいぢやありませんか。』
『さうですかな。』
『まだ七時頃だらう。』
『ええ。』
『しい。』
 Sさんは末の子が鶏を見て云ふことを云つて子供をからかひながらまた座りました。門の戸を二寸、三寸、また三寸と云ふ風に人の開けた音が聞えました。暫くす…

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