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樹木とその葉
じゅもくとそのは
作品ID2632
副題33 海辺八月
33 うみべはちがつ
著者若山 牧水
文字遣い旧字旧仮名
底本 「若山牧水全集 第七卷」 雄鷄社
1958(昭和33)年11月30日
入力者柴武志
校正者浅原庸子
公開 / 更新2001-06-14 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昨年の八月いつぱいを伊豆西海岸、古宇といふ小さな漁村で過しました。これはその思ひ出話。
 八月いつぱい、子供を主として何處かの海岸で暮したい、さういふ相談を妻としてから七月の初め私はその場所選定のため伊豆の西海岸へ出懸けました。西海岸と云つてもさう不便な場所では困るので、この沼津から靜浦灣を挾んで、殆んど正面に見えて居る西浦海岸を探す事になつたのです。幸ひそちらには我等の歌の社中の友人も居るので、大よその事をその友人に調べておいて貰ひ、先づ此處等がよからうといふ事を聞いた上、私は出懸けました。そして[#「そして」は底本では「そし」]指定せられた二三箇所を見て[#挿絵]つた末、矢張りその友人の居村である古宇村といふにきめたのでした。
 其處は半農半漁の、戸數五十戸ほどの村でした。半農と云つてもそれは殆んど蜜柑の栽培が重でそのほかに椎茸木炭などを作り出すと云つた風の山爲事なのです。その村の少し手前の江の浦重寺三津などの漁村には所謂避暑地としての善惡それ/″\の發展が見えてゐましたが、その古宇村にはまだ全然それらの影響がありませんでした。友人に案内せられて行つた宿屋は村内唯一の宿屋で、寧ろ漁師と百姓とを主業としてゐる風に見えました。
 旅客用の部屋は母屋と鍵形になつた離室の方で、二階二間、階下二間、すべて六疊づつの部屋なのです。二階は東北、及び僅かに西がかつた方角とが開けてゐて、ツイ眞下に、それこそ欄干から飛び込めさうな眞下に海がありました。そして海の向うには靜浦牛臥沼津の千本濱がずらりと見渡されて、その千本濱の少し左寄りの上の空に富士が圖拔けて高く聳えて居るのでした。
『これは素敵だ、早速此處にきめませう。』
 二階に上るや否やさう言つて、坐りもやらずに、二つの部屋をぐる/\と私は[#挿絵]つて歩きました。階下の部屋も欲しかつたのですが、折々[#挿絵]つて來る常客などのために其處だけは空けておきたいとのことで、諦めねばなりませんでした。
『イヤ、二階だけで澤山だ、そちらを子供部屋にして、此處に自分の机を置いて……』

 その夜一泊、翌朝早くの船で沼津へ歸る筈でしたが、折よく降り出した雨をかこつけにもう一日滯在することにしました。そして雨に煙つて居る靜かな入江の海を見て何をすることもなく遊んで居りますと、丁度二階の眞下の海に沿うた小徑を三人の女が何やら眞赤な木の實らしいものの入つた籠を重々と背負つて通るのが眼にとまりました。木の實の上は瑞々しい[#「瑞々しい」は底本では「端々しい」]小枝の青葉が置かれ、それに雨が降りかゝつてをりました。
『山桃!』
 さう思ふと惶てゝ私は彼等を呼留めました。
 そして中の一人から大きな笊いつぱいその珍しい果物を買ひとりました。聞けばこの近くの江梨といふ附近の山にはこの木が澤山あるのださうです。この山桃は東京あたりではなか/\喰べ…

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