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雨の回想
あめのかいそう
作品ID2663
著者若杉 鳥子
文字遣い新字新仮名
底本 「空にむかひて」 武蔵野書房
2001(平成13)年1月21日
初出「婦人文藝」1934(昭和9)年9月号
入力者林幸雄
校正者小林徹
公開 / 更新2001-03-19 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ゆうべからの雨はとうとう勢いを増して、ひる頃から土砂降りになった。樹の葉は青々と乱れ、室内の物影には、蒼黒い陰影がよどむ。
 私は窓から、野一面白い花でうごめいている鉄道草の上に、雨のしぶくのを見ていたが、私はいつか知らない土地で、何時霽れる[#「霽れる」は底本では「霽れる」]とも知れぬ長雨にあって、やはりこうして降る雨をみつめていた、子供の時の気持ちを思い出した。
 それは何処の土地だか知れないが、向こうの神社の杜の中から、お神楽の太鼓が響いて、時々子供達の騒ぐ声が、波のようにきこえて来た。向こうの藁葺屋根の暗い軒端に、祭礼と書いた赤い万灯が立て掛けてあって、それが雨に濡れて字が滲み、ぽたぽたと赤い雫を落としていた。私は何ともいえない、うら悲しい気持ちで、その百姓家の窓から、これらの風物を見つめていたのだった。だが、「もう帰ろうよゥ」ともいい出せない、せっぱ詰まった事情でそこに雨宿りしているということは、子供ながらに知っていた。そして帰りたいのを凝と堪えていたのだった。
 それは多分、私の里子にやられていた家の親達が、もう百姓の仕事を止めて、旅商人になってからのことだったと思う。
 一家は玩具や雑貨の荷を背で負って、盛り場から盛り場へと歩いてゆく父親に随いて、祭礼や縁日のある土地へ行った。何処ででも行き着いた土地へ天幕の店を張って、地面へ薄ベリのようなものを敷いて、玩具のサーベルやラッパや安っぽい花簪や、蟇口の類を並べ、そして唄のように節をつけてお客を招ぶのだった。私もいつかその口擬ねを覚えて、天幕の店へ坐っていた。お神楽の太鼓や疳高くピイピイ鳴る風船の笛、或いは爆竹の音、アセチレン瓦斯、おでん屋の匂いなんかの中に、凍えるような夜をふかすのだった。
 その時分に肺炎をやったりしたのが今でも祟って、幼い時から喘息やみになってしまった。そのうち学齢が来て、やっと養家へ引きとられて行ったが、どんなに大事にしてくれても、その貧乏な里親が恋しくて、夜も睡ることができなかった。
 床につく時は観念しているのだが、少し睡ると眼が覚めて、一応あたりを見廻さずにいられなかった。そしてあの裸で寝る習慣のお婆さんも、オッカアも父もいないと知ると、私は夢中で叫びながら駈け出した。どんな障碍物でも蹴飛ばすような勢いで、往来をめがけて走り出すのだった。
 危ないッ! 皆に抱き止められて、再びまた床の中に連れ戻されるのだが、こんなことが毎晩続いた。夢遊病者のように、自分でははっきりそれを意識しなかった。
 里のお婆さんの方もまた、預けた家へかえしはしたが、心配と逢いたさに、昏れ方は[#「昏れ方は」は底本では「昏れ方は」]きっと、向こうの家の土蔵の陰から顔だけ出して、私の方へ手招ぎをするのだった。
 それを見ると、私はお婆さんの傍へ走り寄って行ったがお婆さんは歓んで息を切らしながら、い…

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