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すり替え怪画
すりかえかいが
作品ID2715
副題烏啼天駆シリーズ・5
うていてんくしりーず・ご
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第12巻 超人間X号」 三一書房
1990(平成2)年8月15日
初出「小説読物街」1949(昭和24)年1月号
入力者tatsuki
校正者原田頌子
公開 / 更新2001-12-29 / 2014-09-17
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   ルパン式盗難


 その朝、志々戸伯爵は、自分の書斎に足を踏み入れるや、たちまち大驚愕に襲われた。
 それは書斎の壁にかけてあったセザンヌ筆の「カルタを取る人」の画に異常を発見したためである。
 零落した伯爵の今の身にとって、この名画は、唯一の宝でもあったし、また最高の慰めでもあったのだ。この名画ばかりは、いくら商人から高く買おうといわれても、いつもはっきり断った。
 画面は、場末の酒場で、あまり裕かでない中年の男が二人、卓子に向いあって静かにカードを手にして競技をつづけている。右側の男は、型の崩れた労働帽をかぶり、角ばった頤を持ち、そして自分が手番らしく熱心に手の中のカードを見つめている。左の男は、山高帽に似て、いやに中の高い帽子をかぶり細面で、パイプをくわえ、やはり手の中のカードを見ている。このとおり、何でもない場面を描いてあるのだが、伯爵としては、この二人の気楽さと法悦にひたっていることが非常に羨しく、そして心の慰めとなるのだった。だから、欧洲で蒐集した多くの画はだんだん売って売り尽しに近くなったが、この一枚だけは手放さなかったのだ。
 それほど伯爵にとって価値高きこの名画を、伯爵は朝起きるとすぐに書斎へはいって眺めるのを一日中の最大の楽しみとし、またその日の最初の行事ともした。
 ところが、その日の朝、伯爵はこの部屋にはいると、名画の中の二人へ朝の挨拶がわりに横眼でじろりと一眄した瞬間、異常を発見したのであった。
「ばかな。そんなことがあってたまるものか。僕の眼がどうかしているんだろう」
 伯爵は、一旦発見したものを打消しながら、その名画の向い側においてある肘掛椅子のところまで歩いていって、くるっと廻れ右をして椅子に腰を下ろした。そして画面をもう一度しっかり見直したのである。
 電気のようなものが、頭から背筋へ走った。
「あッ。この画はへんだ」
 名画「カルタを取る人」の画面に異状があるのだった。伯爵は、毎日この名画に見なれているので、すぐ気がついた。この異状というのは、カードを持った右側の人の横顔がちがっている。型の崩れた帽子の下から出ているはずの耳が、今見る画にはない。つまり耳が帽子の中に隠れてしまっているのだ。
 そしてこの人の顔つきも、たしかに変っている。平和な顔つきが、どぎつい神経質な顔つきになっている。それから驚いたことに、この右側の人物はパイプをくわえている。パイプをくわえているのは、左側の人物だけであったのに、今こうして見る画面では、二人ともパイプをくわえている。
「なんということだ」
 伯爵は、思わず呟いた。
 それから左側の人物をしげしげと眺めた。この人物も、たしかに顔つきが変っている。面長な顔が、かなり円味を帯びている。そして手にしているカードの数がすくない。
 まだある。椅子の下に、画面の二人の膝が出ていなくてはならない…

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