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いも
作品ID2722
著者佐左木 俊郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・11 「文芸戦線」作家集(二)」 新日本出版社
1985(昭和60)年3月25日
入力者林幸雄
校正者浅原庸子
公開 / 更新2002-03-12 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 福治爺は、山芋を掘ることより外に、何も能が無かった。彼は毎日、汚れた浅黄の手拭で頬冠りをして、使い古した、柄に草木の緑色が乾着いている、刃先の白い坏を担いで、鉈豆煙管で刻煙草を燻しながら、芋蔓の絡んでいそうな、籔から籔と覗き歩いた。
 叢の中を歩く時などは、彼は、右手に握った坏で、雑草を掻分けながら、左の手からは、あまり好きでも無い刻煙草を吸う鉈豆煙管を、決して離した事が無かった。ことに、芋蔓の絡んでいそうな籔の中を覗き込む時などは、眼をぱちくりさせながら、頬を丸くふくらまして、しっきりなしに煙を吐いて、先ず芋蔓よりも何よりも、蛇が居るかどうかを確かめるのである。彼は、山に生活する者にも似合わぬ程、蛇をおそれた。
 それでもどうかすると、煙草の煙などには驚かない図々しい蛇のために、折角見つけた芋蔓まで奪われて了うことがあった。どんなに立派な山芋の蔓が見つかっても、もし其処に蛇が居たら、心臓が破裂する程はずんで来て、煙草を燻しながら逃出すのである。蛇を追払って、山芋を掘ると云うことなどは、彼には想像も出来ない。
 そして、たとえ蛇に邪魔されずに掘ったにしたところで、山芋を掘ったのでは、日に一円とはならなかった。それに、ぽかぽかと暖くなって沢山掘れそうな日などには、何かの祟りかと思われる程、何処にもかくにも蛇が居て、唯煙草代を損して帰って来ることがあってから、随って、彼とモセ嬶との生活は随分酷めなものであった。
「本当に、蛇こなど、なんだべや、男でけづがって……」
 モセ嬶は口癖のように言って貶した。
 彼も、山に蛇さえ居なかったならと、どんなに蛇の存在を恨んだか知れない。
 彼は雨の降る日に山芋掘りをしたのが原因で、間歇熱に冒されて医者を招んだ。
 その医者は、大変に山芋の好きな男であったが、福治爺等は、掘った山芋を、値のよくなるまで、売らずに、溜めて置ける程に、生活にゆとりのある身分ではなかったので、医者に山芋の御馳走をすることは出来なかった。それに、金の出し方も尠なかったので、医者は二度目に招んだ時には来なかった。医者を呼びに行ったモセ嬶はひどく悄気て帰って来た。
「なじょでがす? 爺様の瘧は?」
 斯う訊いて、彼女の道伴れになったのは、野山から柴を取って売ったり、蕨を取って売ったりして生活している、あきよ嬶であった。
「なんぼ頼んでも、医者が来てけねえでしさ。」
 首垂れてモセ嬶は言った。
「あの医者は、銭ばかりほしがって、銭が少しだと、来てけねえもね。」
 あきよ嬶は、赤く爛れた眼を、繁叩きながら言った。
「ほでがすちゃ。俺、今日頼みさ行ったら、――俺はあ、おめえ達の掘った山芋を、高けえ金で買って食っているんだ。おめえ達も、あたりめえの金を出してけねえけれえ俺は行かれねえ、俺は行かれねえ。――って、言われしたちゃ。」
「ほんではほら、山芋でも持って行…

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