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作品ID | 2737 |
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著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第九巻」 新日本出版社 1980(昭和55)年9月20日 |
初出 | 「ナップ」1931(昭和6)年5月号 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 米田進 |
公開 / 更新 | 2002-11-19 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 9 ページ(500字/頁で計算) |
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(1)
トゥウェルスカヤ通りの角に宏壮な郵電省の建物がある。
赤い滝のように旗でかざられた正面の大石段の上に立って見渡すと、デモは今赤い広場に向って、動き出そうとしているところである。空では数台の飛行機が分列式を行っている。
赤いプラカートの波! 波! 波!
丁度目の前を製糸工場、赤いバラの労働婦人群が通過するところである。
女を台所から解放しろ!
生産経済計画を実現しろ!
五ヵ年計画を四年で!
これらスローガンを書いた赤い横旗を捧げて行く二人の女は、コーカサスの風俗をしている。
オヤ、何だ? あすこから来るのは。
石段の上下にあふれている見物の群衆は一斉に賑やかな行進曲の聞える上手の一団を眺めた。
近づいて見ると――
ハッハッハア。これは愉快だ。張り物である。
ウンとふとってとび出た腹に金ぐさりをまきつけて、シルク・ハットをかぶったブルジョア。
青い陰険な顔をした法王。黒い長衣着て黒長靴と云ういでたちの富農、それら三つの頭の上に、どえらいハンマーを握った労働者の手と、カマを持った農民の手とが、こしらえてある。
勇ましい行進曲につれて、その張り物をかついだコムソモールが歩きながら、ヒョイ、ヒョイと糸を引っぱる。
ガッツン! ハンマーだ。ブルジョアの頭をドヤシつける。カマがおりてきて坊主と富農の頸をひっかく。
見物は大喜びだ。子供は、デモについてそれをどこまでも追っかけて見ようとする。
大人は拍手を送る。
かついでいる当人のコムソモールも大いにこの人気は満足らしい。大ニコニコで、盛んに社会的清掃をつづけながら遠ざかった。
自動車工場「アモ」のデモは別の趣好だ。幾流もの横旗の上に小さい自動車が一台ゆれてくる。みんなの目の前でパラリとそれがひらく。
生産経済計画を百パーセントに!
はすかいにそういう字を書いた大型自動車が出てくるという仕掛だ。
デモが各々の職場で工場内の美術研究部を中心として、工夫をこらした飾りものを持ち出すばかりではない。今日赤い広場はみちがえるような光景である。
普請中のレーニン廟の数町に渡る板がこいは、あでやかな壁画で被われている。
集団農場の光景だ。
果しない耕地にトラクターが進んでゆく。青葉の繁った木立ちのこっち側には集団牧場がみえる。楽し気な牛、馬、羊、年とった集団農場員が若いもの、孫のようなピオニェール等にかこまれて、働き、ラジオをきき、字をならっている。
鉄橋がある。遠く水力電気発電所がみえる。穀物、家畜を積んだ貨車と、農具を満載した貨車とがすれちがった。
都会だ。工場だ。都会の工業生産と、労働者との姿が巨大に素朴にかかれている。
閲兵式につづいてデモはモスクワ全市のあらゆる街筋から、この赤い広場に流れこむ。
日が暮れて、すべてのデモが解散した後も、ここはまだ一…