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![]() ソヴェトどうめいのふじんとせんきょ |
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作品ID | 2751 |
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著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第九巻」 新日本出版社 1980(昭和55)年9月20日 |
初出 | 「大衆の友」1932(昭和7)年2月20日臨時増刊号 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 米田進 |
公開 / 更新 | 2002-12-02 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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資本家・地主のロシアでは――
「牝鶏は鶏ではない。女どもは人間ではない」むかしロシアにはこういう諺があった。女は男よりねうちのないもので人間ではないと云うのだが、では、むかしロシアの女はどんな扱いをうけていたのでしょうか?
一口に云えば牛や馬のように扱われていた。牛や馬は或る家に飼われ、そこの主人がこきつかうままにこき使われ、食わされるものを食い、ナブられ、あげくによそへ売られれば、それが厭だという抗弁も出来ない。哀れなものです。
昔のロシアで、娘は親のいうことを絶対にきかなければならなかった。死ぬほどいやと思っても親同士が結納の取引をしてしまえば無理やり嫁に行かなければならなかったし、離婚も出来なかった。
ことに農民の婦人の生活はひどく、全くただ働く道具としてだけ考えられた。字を読むことも書くことも知らず、辛い心の訴えどころがないので、つい坊主にだまされ、一生喜捨をまき上げられる有様だったのです。
都会の勤労婦人の生活だって決してこれにまさったものではなかった。亭主はよくのんだくれる。そして女房を殴る。工場ではどうかというと、男と同じに汗水たらして働くのに、賃銀は半分ぐらいしか取れぬ。子供を腹にかかえても、休めば工場をクビにされるから無理押しに働きに出る。そういう勤労婦人が仕事台の下へぶっ倒れて赤ん坊を生み落すのは昔のロシアでは珍らしい出来事ではなかったのです。
赤ん坊を生んだって、ブルジョアの工場は休みをくれない。子をなすのはお前の勝手だ。工場の知ったことか。働かすためにお前を雇っているのだというから、また翌日からフラフラの体を押して働きに出る。亭主だって僅の賃銀をもらい、しかも酒を飲むから、女房が働かなければ口がすごせない。
工場へ赤ん坊はつれて行けないから、四つ五つの上の子に守をさせる。乳をのまされないから牛乳をあてがうが、赤ん坊の守をしている子は小さい。きっちり時間でなんか飲まされない。おむつもかえない。そんな有様で、どうしてかよわい赤ん坊は丈夫に育つでしょう。
赤ん坊の死亡率はブルジョア時代のロシアでは実に高かった。工場で働く婦人たちが姙娠中養生をさせられなかったことと、ちゃんとした手当もうけられず出産しなければならなかったからです。
こういう惨めな一生をブルジョア時代のロシアの勤労婦人が送らなければならなかったのは一体誰のせいなのでしょう?
男が悪かったのでしょうか?
女を卑めて誰が得したか
ところで、その時代=ブルジョア地主のロシアで、プロレタリア農民の男がどんなに威張った楽な暮らしをしていたかというと、これはまるで反対に、哀れな奴隷の暮らしだったのです。威張るどころかブルジョア・ロシアの工場では労働者が工場主に対して自分たちの利益を守るための組合をつくることさえ禁じられていた。十人、…