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ロシア革命は婦人を解放した
ロシアかくめいはふじんをかいほうした |
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作品ID | 2757 |
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副題 | 口火を切った婦人デーの闘い くちびをきったふじんデーのたたかい |
著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第九巻」 新日本出版社 1980(昭和55)年9月20日 |
初出 | 「働く婦人」1933(昭和8)年3、4月合併号 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 米田進 |
公開 / 更新 | 2002-12-07 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 5 ページ(500字/頁で計算) |
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皇帝と地主と資本家によって搾取が行われていた時代、ロシアの勤労階級の男は、教会の坊主から常に「お前らが此世でつかえなければならない主人は三人ある」と説教されていた。その三人の主人というのは「天の神、神の子であるツァー、ツァーの子であるお前らの主人、雇主など三人である」と説きつけられ、屈従を強いられていた。
働く婦人は一層ひどかった。坊主は女に向って十字架をふりかざし、恐ろしい目つきをして命令した。
「お前が一生命令に従わなくてはならない主人が此世に四人あるゾ。第一が天の神、第二が神のお子である皇帝、第三がお前らの使われている主人、第四が亭主だ。わかったか」
工場で女は十一時間、十二時間と働かされ、賃銀は一日三十五哥(三十五銭ぐらい)。身持ちになっても休めばクビであるから辛棒して働き、機械の前に倒れてそのまま赤字を生むことさえ珍しくなかった。物がわかると、獣のような生活から反抗するから、皇帝と資本家と地主との政府は、女を軽蔑して学問をさせず「女と牝鷄は人間でない」ということわざで女を圧しつけて、搾った。
農村の女は、ほんとに家畜のようであった。
だが、女が工場に働き、農村で働くうちにストライキの経験、争議の経験などにより、プロレタリアートの幸福というものは自分達が団結して、皇帝、資本家地主と闘い、それをうち倒し自分らの手でうち立てなければならないものであることを知りはじめた。
一九一七年三月八日の婦人デーは世界の働く婦人にとって忘れられない日である。ロシアの働く婦人はこの日「パンと平和をよこせ!」と叫んで街頭に溢れ出し、幾千人という婦人が憲兵と勇ましく闘って、遂に世界の歴史を新しくした革命の第一の口火を切った。その頃は第一次帝国主義世界戦争で皇帝資本家地主は自身の利益のため、労働者農民を何十万人と西部戦線で殺していた。国内では工場が閉鎖され、農村で働き手がなくなって、パンが欠乏し、全く窮乏のドン底に陥っているのに、搾取者どもは、猶も愛国主義をふり立てて、労働者農民を大砲毒ガスの餌じきに送ろうとする。働く妻、働く母、働く娘は蹶起してその収奪に抗争したのであった。
十月革命は大衆の真の要求を代表し、レーニンを指導者とするボルシェヴィキ(ロシア共産党)を支持する大衆の力で行われ、プロレタリア・農民の国家が建設された。働く婦人は初めて、その働きにふさわしい価うちで堂々と新しい社会を建てるために直接政治にも参加し得るようになった。
ソヴェト同盟において初めて七時間労働制。同一労働に対して男女同額の賃銀、産前産後四ヵ月の月給つき休暇、無料産院と、工場に托児所。国庫全額負担による小学校教育等が実現されたのである。十八歳になれば男も女も選挙権を持つようになった。
レーニンが革命後間もなくモスクワの婦人労働者会議の席上で「古い、不正な、婦人労働者にとって堪え難…