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見落されている急所
みおとされているきゅうしょ
作品ID2857
副題文学と生活との関係にふれて
ぶんがくとせいかつとのかんけいにふれて
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年12月20日
初出「婦人文芸」1934(昭和9)年11月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-02-11 / 2014-09-17
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 九月号の『婦人文芸』に藤木稠子という作者の戯曲「裏切る者」という一幕ものがのっていた。私は雑誌を開いたときその表題を見たのであったがつい用事に追われ、そのときはゆっくり作品を読む機会を失ってしまった。
 ところが今日、ある偶然のことから、「白道」という随筆の原稿を読むめぐりあわせになり、その随筆の作者が戯曲と同じ作者藤木稠子さんであることから、私は改めて戯曲をも読み直し、さまざまの深い感想に動かされたのであった。
「白道」で、作者は「私の過去の小さな生活記録」として、『婦人文芸』に「裏切る者」の掲載されたよろこびにつれ過去七八年間に亙る自身の文学修業の道を回想しているのである。農村の小地主の娘に生れ、物わかりのよい家兄のおかげで東洋大学にはいった作者が、その上級生の頃から文学的創作の慾望を感じはじめた。そして卒業後は自活のために非常に種々の職業を経験しつつ、現在では「エプロンの裾をぬらして台所にはいずり廻る仕事」をしてやっと食いつなぎながらも、猶創作の勉強を続けているという、文学のために思いきわまった一人の女の閲歴が書かれているのである。
 どんなことをしても書くことだけは捨てまいとする作者の一念こった心持が理解されるために、私には一層この率直にかかれた随筆の内容が文学修業一般の根本的な問題にもふれて、多くの感想を呼びさました。
「白道」によると作者は、書くことをすてまいとして、これまであらゆる職業を中途ですてて来ている。東洋大学を卒業してすぐ官立大学の図書館に働くことになったが、「執務においては常に専門家であることを要求され、又満足に職をつづけて行く以上は専門家の域にまで進まなくてはならない」「このままでいたならば、私は遂に何もかもなくなって了う。」そう焦慮して、作者は「思い切って職を抛擲し、専心文学に精進しようと思い立った。」
 だが、二三ヵ月で、その生活は経済的にゆきづまって以来、作者は、S女史という婦人作家の助手をやり、聾唖学校の教師になり、紡績工場の世話係、封筒かき、孤児院の保姆、小新聞の婦人記者と、変転する職業の一つ一つを、どれも本気に創作をするには適さない生活環境であると中絶して来て、今日では三ヵ月女中働きをして一ヵ月机に向って暮すという形の日暮しに立ち到っているのである。
 作者は姉の家に手伝っている間にも、「いろいろ焦り、自分の書けないことが、まるで姉たちの所為でもあるかのように毎日当りちらし、ヒステリーのように泣いてばかりいるのだった。」
 そのような自分の焦燥の姿をも認めながら、それをひっくるめてこれまでの全生活経験を文学修業にとっては「実に長い長い道程であった」のを感じ、「女性らしい一くさりの插話さえもない誠に殺風景な苦闘史」であったと見ている。そして、
「私はここでも、芸術の道すらも――或いは芸術の道であるためより深刻に――生活に…

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