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ツルゲーネフの生きかた
ツルゲーネフのいきかた
作品ID2858
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年12月20日
初出「文化集団」1934(昭和9)年11月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-02-11 / 2014-09-17
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 数年前、私がソヴェトから帰って間もない頃のことであった。或る日何年も会わなかった女の友達が訪ねて来ていろいろ現在のソヴェトでの女の暮しぶりについて話の末、その友達は不図思い入ったように、だけれど、一体ロシアというところは、昔から男より女の方がしっかりしていたところなのかしら、と云って小首を傾けた。
 私は、そんな片手おちのような疑問が何だか可笑しく、どうしてさ、と笑い、わけを訊ねたら、その女友達は遠慮ぶかい性質から、私なんかほんとに不勉強なのだが、と前おきして、ツルゲーネフの小説なんかを読むと、わたし何だかそんな風に思われるんですよ、と答えたのであった。
 昨今ツルゲーネフの名を又きくにつれ、私はその女友達の言葉を思い出した。そしてその短い言葉を含味するにつれ、素朴に表現されたその感想の中には、作家ツルゲーネフという人の生活なり当時の社会と彼との関係なりを今日のわたし達の目で理解する上に興味ある暗示がふくまれていることを感じるのである。

 イ[#挿絵]ン・ツルゲーネフは、韃靼出の古い貴族の息子として一八一八年アリョール県の所有地で生れた。一八八三年、六十五歳の時脊髄癌を病ってパリで死ぬまで、ツルゲーネフは有名な農奴解放時代の前後、略三十年に亙るロシアの多難多彩な社会生活と歴史の推進力によって生み出される先進的な男女のタイプとを、世界的に知られている小説「猟人日記」、「ルージン」、「その前夜」、「父と子」、「処女地」等において描こうとしたのであった。
 ブランデスは、ツルゲーネフが死んだ年非常に情愛のこもったツルゲーネフの評伝を書いた。その冒頭に「ツルゲーネフはロシアの散文家中最大の芸術家である」と云っている。
 ブランデスがその評伝を書いた時から今日まで、既に五十一年の歳月を経、しかも一九一七年以後には、人類の歴史がその一部を書きかえられた程、社会的に巨大な発展を遂げている今日、ツルゲーネフをロシア散文家中最大の芸術家とするには、当然多くの異論を生じるのである。
 しかしながら、ヨーロッパに於ける新しい社会運動の動力であったロシアを何かの形で世界に紹介したという点から見ても、ツルゲーネフは、当時オストロフスキー、トルストイ、ドストイェフスキー、ゴンチャロフ、ニェクラーソフなどと共にロシア文学史上の「七星」の一人と数えられただけの特色を持っており、規模も小さからぬ作家であったことは認めなければならない。
 初めて、ツルゲーネフが「猟人日記」を当時ロシアの進歩的雑誌であった『現代人』に発表したのは二十九歳の年であったらしい。大体、ツルゲーネフの少年・青年時代を生活したロシアの四〇年代は、ロシア解放運動史の上ではまことに意味深い黎明期であった。先ずツルゲーネフが七歳の一八二五年に有名な十二月党の叛乱があった。この少壮貴族・将校を中心とする叛乱の計画は一貴族の卑…

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