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坑夫の子
こうふのこ |
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作品ID | 2937 |
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著者 | 葉山 嘉樹 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本プロレタリア文学集・8 葉山嘉樹集」 新日本出版社 1984(昭和59)年8月25日 |
初出 | 「解放」1926(大正15)年5月号 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 伊藤時也 |
公開 / 更新 | 2010-02-24 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 12 ページ(500字/頁で計算) |
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発電所の掘鑿は進んだ。今はもう水面下五十尺に及んだ。
三台のポムプは、昼夜間断なくモーターを焼く程働き続けていた。
掘鑿の坑夫は、今や昼夜兼行であった。
午前五時、午前九時、正午十二時、午後三時、午後六時には取入口から水路、発電所、堰堤と、各所から凄じい発破の轟音が起った。沢庵漬の重石程な岩石の破片が数町離れた農家の屋根を抜けて、囲炉裏へ飛び込んだ。
農民は駐在所へ苦情を持ち込んだ。駐在所は会社の事務所に注意した。会社員は組員へ注意した。組員は名義人に注意した。名義人は下請に文句を言った。
下請は世話役に文句を云った。世話役が坑夫に、
「もっと調子よくやれよ。八釜しくて仕様がないや」
「八釜しい奴あ、耳を塞いどけよ」
「そうじゃねえんだ。会社がうるせえんだよ」
「だったらな。会社の奴に、発破を抑えつける奴を寄越せとそう云ってくんな。おらにゃ、ダイナマイトを抑えつけるてな、芸当は打てねえんだからってな。篦棒奴! 発破と度胸競べなんざ、真っ平だよ」
こんな訳であって、――どんな訳があろうとも、発破を抑えつけるなんて訳に行くものではない――岩鼻火薬製造所製の桜印ダイナマイト、大ダイ六本も詰め込んだ発破は、素晴らしい威力を発揮した。濡れ蓆位被せたって、そんなものは問題じゃなかった。
鶏冠山砲台を、土台ぐるみ、むくむくっとでんぐりがえす処の、爆破力を持ったダイナマイトの威力だから、大きくもあろうか?
主として、冬は川が涸れる。川の水が涸れないと、川の中の発電所の仕事はひどくやり難い。いや、殆んど出来ない。一冬で出来上らないと、春、夏、秋を休んで、又その次の冬でないと仕事が出来ない。
一冬で、巨大な穴、数万キロの発電所の掘鑿をやるのには、ダイナマイトも坑夫も多量に「消費」されねばならなかった。
午後六時の上り発破の時であった。
昼過ぎから猛烈な吹雪が襲って来たので、捲上の人夫や、捨場の人夫や、バラス取り、砂揚げの連中は「五分」で上ってしまった。
坑夫だって人間である以上、早仕舞いにして上りたいのは、他の連中と些も違いはなかった。
だが、掘鑿は急がれているのだ。期限までに仕上ると、会社から組には十万円、組から親方には三万円の賞与が出るのだ。仕上らないと罰金だ。
何しろ、ポムプへ引いてある動力線の電柱が、草見たいに撓む程、風が雪と混って吹いた。
鼻と云わず口と云わず、出鱈目に雪が吹きつけた。
ブルッ、と手で顔を撫でると、全で凍傷の薬でも塗ったように、マシン油がベタベタ顔にくっついた。そのマシン油たるや、充分に運転しているジャックハムマーの、蝶バルブや、外部の鉄錆を溶け込ませているのであったから、それは全く、雪と墨と程のよい対照を為した。
印度人の小作りなのが揃って、唯灰色に荒れ狂うスクリーンの中で、鑿岩機を運転しているのであった。
ジャ…