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昇降場
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作品ID2953
著者広津 柳浪
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学大系(序)」 三一書房
1955(昭和30)年3月31日
入力者Nana ohbe
校正者林幸雄
公開 / 更新2001-12-27 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 仙台の師団に居らしッた西田若子さんの御兄いさんが、今度戦地へ行らッしゃるので、新宿の停車場を御通過りなさるから、私も若子さんと御同伴に御見送に行って見ました。
 寒い寒い朝、耳朶が千断れそうで、靴の裏が路上に凍着くのでした。此寒い寒い朝だのに、停車場はもう一杯の人でした。こんな多勢の人達が悉皆出征なさる方に縁故のある人、別離を惜しみに此処に集ってお居でなさるのかと思ったら、私は胸が一杯になりましたの。
『若子さん、中へは這入れそうもないことよ。』
 各箇かの団体の、いろいろの彩布の大旗小旗の、それが朝風に飜って居る勇しさに、凝乎と見恍れてお居でなさった若子さんは、色の黒い眼の可怖い学生らしい方に押されながら、私の方を見返って、
『なに大丈夫よ。私前に行くからね、美子さん尾いてらッしゃいよ。』
『押されるわ。』
 私は若子さんの後に尾いて、停車場の内へ這入ろうとした時、其処に物思わしげな顔をしながら、きょろきょろ四辺を見廻して居た女の人を見ました。唯一目見たばかりですが、何だか可哀相で可哀相でならない気が為たのでした。
 そうねえ、年は、二十二三でもありましょうか。そぼうな扮装の、髪はぼうぼうと脂気の無い、その癖、眉の美しい、悧発そうな眼付の、何処にも憎い処の無い人でした。それに生れて辛っと五月ばかしの赤子さんを、懐裏に確と抱締めて御居でなのでした。此様女の人は、多勢の中ですもの、幾人もあったでしょうが、其赤さんを懐いて御居での方が、妙に私の心を動かしたのでした。
『美子さん、早く入ッしゃいよ。あら、はぐれるわ。』
 若子さんに呼ばれて、私ははッと思って、若子さんの方へ行こうとすると、二人の間を先刻の学生に隔てられて居るのでした。
『あらッ若子さん。』
『美子さん、此処よ。』
 若子さんが白い美しい手を、私の方へお伸しでしたから、私も其手につかまって、二人一緒に抱合う様にして、辛と放れないで待合室の傍まで行ったのでした。此処も一杯で、私達は迚も這入れそうもありませんでした。
『若子さん、大層な人ですこと。貴女の御兄さんが御着きなさっても、御目に掛れるでしょうか知ら。』
『私何したッても、何様酷い目に会っても、兄さんに御目に掛ってよ。』
『私もそうよ。久振りで御目に掛るんですもの。』
『あらいやだ。』
 若子さんは頓興に大きな声で、斯うお云いでしたから、何かと思うと、また学生がつい其処に立って居るのでした。
『何だか可厭な人だわ。』
『そうねえ。』
『彼方へ行った方が可いね。』
 若子さんが人と人との間を潜る様にして、急歩いでお行でですから、私も其後に尾いて行きながら、振返って見ますと、今度は学生も尾いて来ませんでした。
『若子さん、あの学生の方は何したって云うんでしょう。』
『何だか知らないけれど、可厭な人ですねえ……あらッ、彼方を御覧なさいよ、可怖い…

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