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作品ID | 2960 |
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著者 | 宮本 百合子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「宮本百合子全集 第十三巻」 新日本出版社 1979(昭和54)年11月20日 |
初出 | 「文学時標」第四号、1946(昭和21)年3月1日 |
入力者 | 柴田卓治 |
校正者 | 米田進 |
公開 / 更新 | 2003-05-04 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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小林多喜二は、一九三三年二月二十日、築地警察で拷問された結果、内出血のために死んだ。
小林多喜二の文学者としての活動が、どんなに当時の人々から高く評価され、愛されていたかということは、殺された小林多喜二の遺骸が杉並にあった住居へ運ばれてからの通夜の晩、集った人たちの種類から見ても分った。彼の作品を熱心によんでいた労働者、学生、文学上の同志たちに交って、思いもかけないような若い婦人たちも少なからず来た。これらの人々がその夜の通夜に来たという事実は全く独特な、日本らしい道を通って私に分ったのであった。
警察は、殺した小林多喜二の猶生きつづける生命の力を畏れて、通夜に来る人々を片端から杉並警察署へ検束した。供えの花をもって行った私も検束された。「小林多喜二を何だと思って来た!」そう詰問された。「小林は日本に類の少い立派な作家だと思うから来ました」「何、作家だ?」背広を着た特高は、私をつかまえて引こんだ小林の家の前通りの空家の薄暗い裡で大きい声で云った。
「小林は共産党員じゃないか、人を馬鹿にするな!」
「そうかもしれないが、それより前に、小林多喜二は、立派な文学者ですよ」
「理屈なんかきいちゃいられない。サア、行くんだ」
そして、杉並署へついて、留置場へ入れられかけた。留置場の女のところは一杯で、もう入れられないと、看守がことわった。「何だって、今夜はァあとからあとからつっちェくるんだ」と看守が不満そうに抗議した。留置場は一杯になっていた。小林多喜二のところへ来た人たちで、少くとも女の室は満員となっていた。私は、それで「帰れ、仕様がない」と帰されたのであった。
一九三三年は前年に治安維持法が改悪されて、そのために進歩的な文化全面に、激しい動揺が生じていた。内心の恐怖を、文化・文学理論への批判という形にすりかえて、卑劣な内部崩壊が企てられていた。小林多喜二は、前年春から、不自由な生活を余儀なくされて暮しながら、文学者として可能な限り当時のこの腐敗的潮流と闘った。その間に「党生活者」その他の、日本民主文学の歴史的所産たる作品を生み出したのであった。
当時、一部の文化人と云われる人々は、小林多喜二の貴重な生命が失われたことについて、一語も日本の警察の野蛮さ、無恥さについて憤らず、却って共産党が、あたら小林の才能を挫折させた、という風に批評した。小ざかしげなその種の文章が新聞にいくつも載った。
執筆した人々は、今日生存しつづけている。どんな慙愧の念をもって、昨年十月初旬、治維法の撤廃された事実を見、初めて公表された日本支配権力の兇暴に面をうたれたことだろう。
民主的な社会生活の根本には、人権の尊重という基底が横わっている。人権尊重ということは、正当な思想を抑圧して小林多喜二のような卓抜な一個の社会人・作家を撲殺するようなことが決して在ってはならないという通…