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地獄の使者
じごくのししゃ
作品ID3052
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第11巻 四次元漂流」 三一書房
1988(昭和63)年12月15日
初出「自警」1947(昭和22)年1月~1948(昭和23)年1月(5、6、11月は欠)
入力者tatsuki
校正者kazuishi
公開 / 更新2006-01-22 / 2019-01-14
長さの目安約 155 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   プロローグ

 その朝、帆村荘六が食事をすませて、廊下づたいに同じ棟にある探偵事務所の居間へ足を踏み入れたとき、彼を待っていたように、机上の電話のベルが鳴った。
 彼は左手の指にはさんでいた紙巻煙草を右手の方へ持ちかえて、受話器をとりあげた。
「ああ、そうです。私は帆村です。……やあ土居君か。どうしたの、一体……分っている、君が事件の中に居るということが……。しかもそれは、新聞記者たる君が仕事の上で補えた事件じゃなくて、君が好まざるにもかかわらずその事件にまきこまれちまったというのだろう。……お喋りはよせって。なるほどねえ。……えッ、君の妹さんが……」
 帆村は、すいかけの煙草を急いで灰皿の中へなげこむと、そのかわりに鉛筆をつかんだ。軸の黄色い鉛筆だった。
「そうかなあ、君に妹さんがあったのかねえ。……いや失敬。それは困ったねえ。殺人容疑者としてあげられたとは、ちょっと面倒だね。……もちろん信じるよ、僕は。君の妹さんのことだから、同じように道義にはあついのだろうと……いや皮肉じゃない。よろしい、とにかくそっちへ行こう。十五分とはかかるまい。見附の東側の公衆電話のところだね。じゃあ後はお目にかかって……」
 受話器をがちゃりとかけて、帆村はノートした紙片を取上げた。彼は突立ったまま、しばらくその紙の上を眺めていた。そこには鉛筆のいたずら書としか見えない三角形や楕円や串にさした団子のような形や、それらをつなぐもつれた針金のような鉛筆の跡が走りまわっていた。それは帆村独特の略記号であった。それが解読できるのは、帆村自身の外には、彼の助手の八雲千鳥だけだった。
 彼は、ものに憑かれたように、五分間というものはその紙面に釘づけになっていた。その揚句に、彼はその紙片を机のまん中にそっと置いた。それから彼の手が忙しくポケットをさぐって、紙巻煙草とライターを取出した。ライターをかちりといわせて、焔を煙草の先に近づけた。ふうっと紫煙が横に伸びる。彼はライターの焔を消そうとして、急にそれをやめた。
 机上におかれた例の紙片がつまみあげられた。その紙片は灰皿の上へ持って行かれた。その下に、ライターの焔が近づけられた。紙片はぱっと赤い焔と化した。そしてきな臭い匂いを残して黒い灰となり、灰皿の中に寝て、すこしくすぶった。

   恐ろしい嫌疑

 探偵帆村荘六を、朝っぱらから引張り出した事件というのは、一体どうしたものであったか?
 帆村の友人の一人である新聞記者の土居菊司が、あわただしく電話をかけて来て、帆村にすがりついたその事件というのは、土居記者の肉親の妹が、今朝殺人容疑者としてその筋へ挙げられたことにある。土居はその妹の潔白を信じて、妹にかかった嫌疑が全くの濡衣であることを力説し、帆村の腕によって一刻も早くこの恐ろしい雲を吹き払い、妹を貰い下げられるようにして欲しいとい…

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