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矛盾の様な真実
むじゅんのようなしんじつ
作品ID3058
著者梶井 基次郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「梶井基次郎全集 第一巻」 筑摩書房
1999(平成11)年11月10日
入力者高柳典子
校正者小林繁雄
公開 / 更新2002-11-28 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「お前は弟達をちつとも可愛がつてやらない。お前は愛のない男だ。」
 父母は私によくそう云つて戒めた。
 實際私は弟達に對して隨分突慳貪であつた。彼等を泣かすのは何時でも私であつた。彼等に手を振り上げるのは兄弟中で事實私一人だつた。だから父母のその言葉は一應はもつともなのであるが私は私のとつてゐた態度以外にはどうしても彼等が扱へなかつた。
 私はどちらかと云へば彼等には暴君であつた。然しとにかく弟達はそれの或程度迄には折れ合つて、私對弟等の或る一定した關係の朧ろな輪廓が出來てゐた。
 然しその標準から私は時々はみ出たことをした。――と云ふよりも事實いけないと思ふ樣なことをした記憶をもつてゐる。

 三年程以前のことだと思ふ。その勘定だと、上の方の弟が十三で、その次が十の時だつた筈である。
 その下の方の弟がこんなことを云つて戸外から歸つて來た。
「勇ちやん――(上の方の弟の名)――今そとでよその奴に撲られたんだよ。」
 譯をきいて見れば、勇が自轉車につきあたられて、そしておまけに「この間拔け奴。」と云つてその乘つてゐた男に頭を撲られたと云ふのである。
 私はそれをきくとむら/\とした。年をきいて見ると四十程の男だと云ふ、私はその男を自轉車からひきずり卸して思ひ切りこらしめてやりたかつた。
 私は、氣が弱くて恐らくは抵抗出來なかつた弟がどんなに口惜しく思つてゐるだらうと思つた。そんな奴はどれだけこらしめてやつてもいゝと思つた。そして私は何時のまにか、うんと顏を陰氣にしてしまつてゐた。
 然し母はやはり年の功だけのことを云つた。つまり勇にもいけない所があつたにちがひないと云ふ風なことを云ひ出した。
 私はそれをもつともだとは思つたが、十三位の家の弟をよその大人が撲るといふ樣なことはどうしても許せないと思つた。
「お母さん! そう云つてあなたはそれで堪忍出來るのですか。」と私は母に喰つてかゝつたのを覺えてゐる。私は不愉快で不愉快で堪らなかつたのだつた。
 そこへその本人が歸つて來た。顏を見ると悄げかへつてゐる。そして泣いたあとらしく頬がよごれてゐた。私はそのしよぼしよぼした姿を見ると可哀さうには思つたが、なほさら不愉快が増した。
 私が問ふと弟は話し話しまた涙をためた。――きいてゐる中にふと私はその話に少し嘘があるのを感じた。勝手のいゝ胡麻化しがある樣に思つた。
 その弟は常からよく勝手のいゝ嘘を云つた。私はそれがいやで堪らなかつた。
 ――私はその氣持には純粹に嘘を忌むといふ氣持もあるにはあつたらうが、それよりももつと私に應へるのは弟に私の戲畫を見せられることであつた。
 包まず云ふが、私自身はこれでかなりの嘘言家なのである。そして虚榮家の素質も充分持つてゐる。私は自分の卑しい所、醜い所、弱い所をかくすためによく嘘を云つた。
 私は自分のこの性格が忌々しくてならな…

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