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ひしがれた女性と語る
ひしがれたじょせいとかたる
作品ID3069
副題近頃思った事
ちかごろおもったこと
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「女性同盟」新婦人協会、1921(大正10)年8月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-07-03 / 2014-09-17
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 最近、計らずも身辺近く見た或る婦人の境遇が、自分に種々の事を考えさせました。
 その婦人と云うのは、もう四十歳を幾つか越した年配でした。けれども、少女時代から、決して幸福な生活のみを経験して来たんではありません。
 僅か十四五の時、両親には前後して死去され、漸々結婚が未来の希望を輝せ始めると、思いもかけず長年の婚約者との間に、家族的な障碍が横えられました。
 両親の死後、彼女の新たな保護者となった長兄は生憎、許婚者の父とは政敵の関係にあって、その反感から、どうしても二人の結婚を許可しようとはしなかったそうです。
 そこで、当時の意向では、ほんの当分の方便として、彼女は従来の生活をすっかり改め、幸、裁縫が上手なのを利用して、或る小学校の教師になりました。
 家兄の許を離れ、自己の生活を営んで幾年か経つ間には、何時か、自分達の希望が遂げられる機会もあろうと云うのが、勿論、彼女にとっては唯一つの光明であったのです。
 処が、先方の男子は、四五年経つうちに、何か家庭の事情と云う口実で、突然、他の婦人と結婚して仕舞いました。
 その翌年家兄は急劇な流行病にかかって死去し彼女は暫くの間に、よかれ、あしかれ、兎に角生活の支柱と成っていた二つの者を一時に失って仕舞ったのです。
 この事は、当然、彼女の内心に改革を起しました。
 嘗つて、婚約者と結婚をし得る、最少限でも希望があった間は、彼女にとって孤独な生活も、前途に何等の陰をつけませんでした。僅かの給料を唯一の資力として微に支えられて行く生活も、いざと云う時、後で手を延して呉れる者が在る間は凌ぎ得ない苦痛ではありませんでした。が、頼るべき何人も何物も無く、全く一人ぼっちに成って見ると、彼女にとって現状のままを引延して予想した未来というものは、何とも云えない恐ろしいものと成って来ました。
 暫の間、圏境の激変に乱れている心の焦点は、それが鎮ると共に、底の知れない将来の不安の上に全力を集注させて仕舞ったのです。
 彼女にとって、この根本的な不安を除去するものは、結婚より外に無く感ぜられました。当時三十歳を越していた彼女は、自分の境遇に同情し、所謂世話好き人の媒妁によって、土地では金持として知られている或る男と結婚することになりました。
 少女時代から不運で、陰気な人生の片側を歩いて来た彼女は、全く、生涯をかけて、嫁して行ったのだそうです。
 けれども、結果は悪く、三年同棲する間に、女性がその良人に対して持ち得る極限の侮蔑と、恥と憤とを味って離婚してしまいました。
 生活の安全、幸福と云うものは、只、金でだけ保障されると思って媒妁人は、心から彼女の為を計って、却って、富の程度に比例した非人間に、彼女を紹介する誤を犯して仕舞ったのです。
 過般、私が遭った時、彼女は、噂に聞いて陰ながら悦んでいた二度目の幸福な結婚から、不意に良人…

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