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今日の耳目
こんにちのじもく
作品ID3189
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「現地報告」1941(昭和16)年2月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-08-08 / 2014-09-17
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        高札

 いつも通る横丁があって、そこには朝鮮の人たちの食べる豆もやし棒鱈類をあきなう店だの、軒の上に猿がつながれている乾物屋だの、近頃になって何処かの工場の配給食のお惣菜を請負ったらしく、見るもおそろしいような烏賊を賑やかに家内じゅう総がかりで揚げものにしている蒲焼の看板をかけた店だのというものが、狭い道に溢れて並んでいる。
 そういう横丁の出はずれに一軒しもたやがある。門構えで、総二階で、ぽつんとそういう界隈に一軒あるしもたやは何となし目立つばかりでなく、どう見ても借家ではないその家がそこに四辺を圧して建てられていることに、云わばその家の世路での来歴というようなものも察しられる感じなのである。
 何年もその家はそこに在って、二階の手摺に夜具が乾してあるのが往来から見えたりしていたが、昨年の初めごろ、一つの立札がその門前に立てられた。
 梅時分になると、よく新宿駅などに、どこそこの梅と大きい鉢植えの梅の前に立てられている、ああいう形の立札が、門の右手に立てられて、そこには、名誉戦死者××××殿と謹んで記されてある。
 その立札に記されている名は、後の門の表札に記されている姓名である。その家の主人が名誉の戦死をされたかと、通行人はいくらか頭を下げる心でその横を通るのであった。
 殆ど同じ頃、その横丁のもう一つところにやはり同じような立札が立てられた家が出来た。それは炭屋であった。文化コンロを並べた店の端れ、どぶ板のところに名誉戦死者某々殿と立ち、そこでも、それは若い主人であったことが、たどんをこねているおかみさんと舅との姿でわかった。
 炭は配給制になったから、その炭屋の土間が次第次第にがらんと片づいて、炭の粉がしみ込んだ土間の土ばかり、さっぱりと目に立って来たのもやむを得ない仕儀であったろう。しかし、その立札と段々広々として来る店の土間の光景は、日毎に通るものの目に無心には映らない生活の感情を湛えたものであった。
 ざっと一年が経って、去年の秋になった。あちこちで祝出征の旗が見えるようになってその横丁でも子供対手の駄菓子屋の軒に、いかにも三文菓子屋らしい祝意のあらわしかたで紙でこしらえた子供の万国旗がはりまわされた。そこからも出る人があるのだ。ふだんは工場へでも通っていた若い人であるのだろう。トタンの低い軒に旗の飾りはひらひらしているが、出かけるらしい人の姿はその家のあたりに見かけなかった。
 横丁の出端れの米屋の前にも祝出征の旗が立った。ここでは店先を片づけて、人出入りも多く、それが今度出てゆく若主人らしい人が、店先で親類らしい中年者と立ち話をしたりしている。そこには緊張して遑しい仕度の空気が漲っていた。米屋の商売も、全くこれ迄とはちがったものになりかかっている最中のことだから、出る前の話もいろいろと心を砕くわけだろう。
 そう思って店で…

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