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夏蚕時
なつこどき
作品ID3203
著者金田 千鶴
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本金田千鶴全集」 短歌新聞社
1991(平成3)年8月20日
初出「つばさ 第二巻第四号」つばさ発行所、1931(昭和6)年4月1日
入力者林幸雄
校正者土屋隆
公開 / 更新2009-04-14 / 2014-09-21
長さの目安約 56 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

          一
 午過ぎてから梅雨雲が切れて薄い陽が照りはじめた。雨上りの泥濘道を学校帰りの子供達が群れて来た。森田部落の子供達だ。
 山の角を一つ廻ると、ゴトゴト鳴いてゐた蛙の声がばったり熄んだ。一人の子がいきなり裾をからげて田の中へ入った。そしてヂャブヂャブさせ乍ら蛙を追ひ廻した。
「厭アだな! 秀さはまた着物汚してお父まに怒られるで……。」
 後から来た女の子達のひとりが叫んだ。
「要らんこと吐くな!」
 秀は捉へて来た蛙を掴んで挑んで行ったが、不図思ひ出したやうに、
「久衛、今日はこいつで蜂の巣探さんか」と云った。
「うん、へいご蜂をな!」
「俺らほの兄いまがこないだ一巣発見たぞ!」
 男の子達は口々に叫んだ。秀は蛙の足を握って忽ちクルリッと皮を剥いた。そして棒の先へ串刺に刺した。蛙の肉へ真綿をつけて、その肉をくわへた蜂の行衛を何処迄も追ひ掛けて行く――そして巣を突きとめる、それは楽しい遊びの一つである。
 何思ったのか不意に秀は頓狂な声を出した。
「ヤイ、蜂の子飯ァ旨いぞ!」と叫んだ。
「美知ちゃん!」女の子の一人が云った。
「わし、昨日晩方通った時御夕飯食べとっつらな!」
「何んで?」
「何んでもな! お夕飯をあんね明るい時分に食べるんだなあ!」
 美知子は去年赴任して来た村医の娘である。
 水溜りにくると子供達はバシャバシャ泥を飛ばして歩いた。
「美知ちゃん! 長靴は歩きいいら?」
 一人が聞いた。美知子は頷いて見せた。
「真佐子ちゃんも長靴ある?」
「ウム、だけどもっと小さいの……」
 美知子は云った。するともう一人が云った。
「わしァ今度お母まが製糸から帰る時買って来て呉れるったの!」
「お母まいつ来る?」
「今度の公休日!」
「芳江さはいつかもさう云っとったぢゃないかな? 一寸も買って来りゃせん……。」
 堀割を大きく廻ると、左の谷間から運送が一台車輪一杯の狭い道をガタンゴトンと躍り乍ら下って来た。
「やあ、庄作さが来た!」子供達は馳け出した。
「庄作さ、乗しとくんな?」
 庄作は無愛想に頷いた。男の子も女の子も皆乗った。此処から森田部落迄二丁余り道は山の裾を曲がりくねってゐる。
「おォ!」向うから馬を曳いて来た若者はさう声を掛けたが其の儘又引き返して枝道へ避けた。「おかたじけよ!」庄作は通り過ぎようとして挨拶をした。
 橋のところで子供達は降りた。
 役場・郵便局・駐在所・医院・雑貨店・宿屋其他の家が一個所に集まって十四五軒町の形を作ってゐる。森田部落の中心地で最も賑やかな部落である。
 庄作は取りつきの精米所の前で馬をとめ、内部を覗き込んだ。誰も居ないらしくしんとしてゐて、土間隅の精米機が埃にまみれて、ベルトがたるみ切ってゐる。春過ぎてから精米所も殆ど閑散である。
「ぢゃァ帰りだ!」庄作はさう独り言を云って又曳き出した。旅館兼…

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