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什器破壊業事件
ものをこわすのがしょうばいじけん
作品ID3235
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第7巻 地球要塞」 三一書房
1990(平成2)年4月30日
初出「大洋」1939(昭和14)年9月号
入力者tatsuki
校正者土屋隆
公開 / 更新2007-08-12 / 2014-09-21
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   女探偵の悒鬱


「離魂の妻」事件で、検事六条子爵がさしのばしたあやしき情念燃ゆる手を、ともかくもきっぱりとふりきって帰京した風間光枝だったけれど、さて元の孤独に立ちかえってみると、なんとはなく急に自分の身体が汗くさく感ぜられて、侘しかった。
「つよく生きることは、なんという苦しいことであろうか?」
 彼女は、日頃のつよさに似ず、どういうものかあれ以来急に気が弱くなってしまった。たったあれくらいのことで、急に気が弱くなってしまうというのも、所詮それは女に生れついたゆえであろうが、さりとは口惜しいことであると、深夜ひそかに鏡の前で、つやつやした吾れと吾が腕をぎゅっとつねってみる光枝だった。
 彼女の急性悒鬱症については、彼女の属する星野私立探偵所内でも、敏感な一同の話題にのぼらないわけはなかった。だが、余計な口を光枝に対してきこうものなら、たいへんなことになることが予て分っていたから、誰も彼も、一応知らぬ半兵衛を極めこんでいたことである。
 ところが、或る日――星野老所長は、風間光枝を自室へ呼んで、
「君はなにかい、帆村荘六という青年探偵のことを聞いたことがないかね」
 と、だしぬけの質問だった。
 帆村荘六――といえば、理学士という妙な畑から出て来た人物だ。それくらいのことなら光枝も知っているが、他はあまり深く知らない。そのことをいうと、老所長は、
「あの帆村荘六という奴は、わしと同郷でな、ちょっと或る縁故でつながっている者だが、すこし変り者だ。その帆村から、若い女探偵の助力を得たいことがあるから、誰か融通してくれといってきたんだ。どうだ、君ひとつ、行ってくれんか」
「はあ。どんな事件でございましょうか」
「いや、どんな事件か、わしはなんにも知らん。ただはっきり言えるのは、彼奴はなかなかのしっかり者で、婦人に対してもすこぶる潔癖だから、その点は心配しないように」
 老所長の言葉は、なんだか六条子爵のことを言外に含めていっているようにも響いた。
 とにかく風間光技は、日毎夜毎の悒鬱を払うには丁度いい機会だと思ったので、早速老所長の命令に従って、自分の力を借りたいという帆村荘六の事務所へでかけたのだった。
 帆村の探偵事務所は、丸の内にあったが、今時流行らぬ煉瓦建の陰気くさい建物の中にあった。びしょびしょに濡れたような階段を二階にのぼると、そこに彼の事務所の名札が下げてあった。彼女は、入口に立っていちょっと逡巡したが、意を決して扉を叩いた。すると中から、
「どうぞ、おはいりください。扉に錠はかかっていませんから、あけておはいりください」
 と、若々しいはっきりした声が聞えた。風間光枝は、吾れにもなく、身体がひきしまるように感じて、扉を押した。すると、室内には、入ったすぐのところに大きな衝立があって、向うを遮っていた。その衝立の向うから、ふたたび声がかかった…

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