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作品ID | 3238 |
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著者 | 海野 十三 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「海野十三全集 第7巻 地球要塞」 株式会社三一書房 1990(平2)年4月30日 |
初出 | 「講談雑誌」1942(昭和17)年1月号 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 浅原庸子 |
公開 / 更新 | 2003-04-03 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 24 ページ(500字/頁で計算) |
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国際都市
私たちは、暫くの間リスボンに滞在することになった。
私の連れというのは、例の有名な勇猛密偵の白木豹二のことだ。
リスボンは、ポルトガルの首都だ。そのころリスボンは、欧州に於ける唯一つの国際都市の観があった。この国は英米側に立つのでもなく、日本、ドイツ、イタリヤの枢軸国側に加わっているのでもなく、完全な中立国であった。だから、リスボンの町は、いわゆる呉越同舟というやつで、ドイツ人やイタリヤ人が闊歩しているその向うから、イギリス人やアメリカ人や、それからソ連人までが、安心し切った顔で、ぶらぶらこっちへ歩いて来てはすれちがうという珍風景が、至るところで見られた。
だから私たちも、ここにいる間は別に中国人やベトナム人を装う必要なく、わたし達は、日本人だぞと大ぴらに本国の国籍を表明していて一向さしつかえないのであった。私は、久方振りのこうした安楽した気持におちついたので、願わくば、今二三月もこの土地で静養したいものだと、ふとそんな贅沢な心が芽生えてくるのだった。その贅沢心を、或る日白木豹二が、一撃のもとに打ち壊してしまった。彼はその前夜から宿を明け放しであったが、正午ごろになって、ふらりと私の部屋にとびこんできて、オーバーもぬがず、ステッキをふりながら、常になく、はあはあと息せき切っていうことには、
「おい、日本人の名誉にかかわることが起ったんだ。われわれは今夜八時に、ウィード飛行場から出発だぞ」
突拍子もない話である。日本人の名誉に拘るとはいかなる事件が起きたのか、私には皆目呑こめない。
「何が日本人の名誉にかかわるんだい」
私は、安楽椅子に腰を深く下ろしたまま、ウェルスの小説本の続きを読みながら、たずねた。
「それは、こうだ。ええと、どういったらいいかなあ」と、白木は、妙に考え込んだ。
「そうだ。つまり、敵性国イギリスの息の根を徹底的に止めちまうことについて、なんだ。かの三国同盟の精神の故であるは勿論のこと、我々日本の当面の敵としてだ。ところで、その徹底的――いいか徹底的だぞ、徹底的に息の根を止めるには、われわれが出馬しないと、どうしても駄目なんだ。だから今夜出発だ。どうだ分ったろう」
白木の話は、何を指しているか、さっぱり分らなかった。何か曰くのあることらしいとは感づいたが、それを根掘り葉掘り聞くとなると、白木が今夜のような態度のときには、きっと変にからまってしまうのが例だった。日本を放れてはるばるこんなところへ来ている二人組の間に、気拙いことが起るぐらい面白くなく、そして淋しいことはないので、こういう時には、結局ワキ役である私の方で気をきかせて譲歩し、彼の我儘を認めてやる事にしている。
「よかろう、もうその位で……。八時出発は分ったが、目的地は何処かね。服装の準備のこともあるからね」というと、白木は案外だという顔付で、私を見直して、…