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獄中への手紙
ごくちゅうへのてがみ
作品ID33191
副題09 一九四二年(昭和十七年)
09 せんきゅうひゃくよんじゅうにねん(しょうわじゅうななねん)
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十一巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年3月20日
入力者柴田卓治
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2004-11-28 / 2016-02-03
長さの目安約 135 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 八月七日 (第一信)[自注1]〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 モネー筆「断崖」(一)[#「(一)」は縦中横]、コロー「ルコント夫人」(二)[#「(二)」は縦中横]の絵はがき)〕

 (一)[#「(一)」は縦中横]七日、今朝程はお手紙呉々も有難う! ああちゃんが後手にかくして朝のお目ざめに持ってきてくれたのを、忽ち看破したまではよかったけれど、さて手にとってつくづく表紙を眺めて、封をきり、いたずら者のいない間に読もうと思ったらば、字が一つも字の格好にみえないで、すじのいり乱れで、どうみても物にならず、とうとう閉口して読んで貰う決心をつけました。目がひどくて、殆んど焦点がきまらない有様なので、いつか目を悪くした時慶応で貰った点眼薬をまた貰って、この二日程はふすまのワクが真直にみえる様になりました。自分では読めないけれど、読めないと尚手紙がほしい。この暑さをどうやら工夫して無事にしのいでいらっしゃるのは、本当に何よりのお手柄だと思います。どうぞまだこれからが大変だから、益[#挿絵]御大切に願います。

 (二)[#「(二)」は縦中横]今年がそんな特別の暑さと知らず、一生懸命にしのごうと思っている内に、あせもだらけになって、あせもの中から鼻の先だけ出している内、とうとうのびてしまいました。
 隆治さんが丈夫になったのは嬉しゅうございます。あちら土産のタオルというのはこれから恩恵にあずかります。輝ちゃんに押して歩く玩具を送ってあげたら、丁度その頃から歩くようになったそうで、その写真というのはぜひぜひ拝見致します。冨美ちゃんのお腹ペコは他人事ならず同情します。世界中の寄宿舎でお腹の空かないというところはないようです。
 この半月程の間は、寿江子も色々の思いをして役に立ってくれて、大変恩にきせられそうです。太郎が少年ぽくなって、色々と病人をいたわるという事がわかって面白うございます。

[自注1](第一信)――前年十二月九日検挙された百合子は、はっきりした理由を示さず、翌四二年三月検事拘留で巣鴨拘置所へ送られた。七月まで調べがないまますぎた。女区は全く通風のない建てかたで猛暑の夏であったため、百合子は体じゅうアセモにつつまれて、二十八日ごろ熱射病となり人事不省に陥った。予後悪し、ということで自宅へ帰された。帰宅後二日ほどして意識が恢復した。眼の水晶体がふくれて、以来完全に視力を恢復していない。

 八月十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 小杉放庵筆「金剛山萬瀑洞」(一)[#「(一)」は縦中横]、安井曾太郎筆「十和田湖」(二)[#「(二)」は縦中横]の絵はがき)〕

 昨日はお手紙ありがとう。あの雷と雨から、本当に朝夕が凌ぎよくなりました。色々の工夫をして暑さを凌いでいらっしゃる様子がこの頃はよくわかります。こちらはひどかった割に順調な恢復だそうで…

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