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獄中への手紙
ごくちゅうへのてがみ
作品ID33194
副題12 一九四五年(昭和二十年)
12 せんきゅうひゃくよんじゅうごねん(しょうわにじゅうねん)
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第二十二巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年1月20日
入力者柴田卓治
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2005-08-15 / 2014-09-18
長さの目安約 243 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 一月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 一九四五年一月二日
 明けましておめでとう。爆竹入りの越年でしたが、余り近い所へ落ちもせず、しずかな元日でした。その上昨晩は思いのほか通して眠れたのでけさは特別よい二日です。寿江子が帰って来ていて、大晦日は、わたしが床に入ってしまってからブーの間にすっかりテーブルに白布をかけ、飾り、お正月にしてくれました。三十一日によそから届いたリンゴもあり。いまは、おそい御雑煮をたべて、炬燵のところに小机をもちこみ、足先を温くしてこれを書いて居ります。書いている紙の右端に風にゆれる陽かげがおどって居ります。

この春はよき春なりとのらすれば妻も勇みて若水を汲む

このなますたうべさせたき人ぞあり俎の音冴ゆる厨べ

 三十一日の五時に壕に入ったとき、暁方の風情を大変面白く思いました。月がまだ西空に高くて、空気は澄み、しかしもうどこやらに朝の気配があって、暁の月と昔の人が風流を感じた気分がよく分りました。この節は何年ぶりかで早朝の景気のいい冬靄と、草履の下にくだける霜と朝日に光る小石の粒などを眺めて歩きますが、こういう冬の刻限の戸外の景色などというものは滅多に見ません。自然の景物の観賞というのも様々の時代の特色があることね。この頃のわたし達は壕に入るとこの風流で。それにしても三十一日の暁の景色は優美でした。
 そちらはいかがな元日でしたろうか。大局的嘉日でしたというわけでもありましょうか。それが窮極のおめでたさね。
 今年はわたしも今月中に家に来る人のしまつをつけて仕事にとりかかります。セバストーポリの塹壕の中でトルストイは幼年時代を書いたし、カロッサにしろアランにしろ塹壕生活の時期を泥にまびれただけではすごして居りません。わたしも、わたしたちの壕生活期に収穫あらしめようと思ってね。それにはどうしても今までの生活ではやれません。チジョサン[自注1]によび立てられてかけ出していたのでは、ね。サイレン丈で結構です。一日に一貫した心もちで過せる時間がなくては何をかくどころではないわ。あんなに手紙さえおちおち書く間がなかったりして、ねえ。四月から去年一杯相当骨を折ってわたしの手は勲章ものにひどくなったのだから、今年はもう本職に戻ってもよろしいでしょう。
 留守に来て貰う人のことはなかなかむずかしゅうございます。この前の手紙で申しあげた伝八さんなる夫婦は、二人の生活費をこちらもちという条件なら承知するのです。しかし生活費は刻々上騰ですし、わたしはそれこそ大局的に可及的営養をとらなくてはならないしすると、生活費の負担は案外でしょうと思われます。ここの生活はどうやるにしろ、国府津の 280 の内からですから、雑支出を加えて容易でないでしょう。机に向っている時間、何か彼か考えを辿っていられる時間をとろうという計画なのです。国がハガ…

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