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もくねじ
もくねじ |
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作品ID | 3353 |
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著者 | 海野 十三 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「海野十三全集 第10巻 宇宙戦隊」 三一書房 1991(平成3)年5月31日 |
初出 | 「譚海」1943(昭和18)年1月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 小林繁雄、門田裕志 |
公開 / 更新 | 2005-12-19 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 16 ページ(500字/頁で計算) |
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倉庫
ぼくほど不幸なものが、またと世の中にあろうか。
そんなことをいい出すと、ぜいたくなことをいうなと叱られそうである。しかし本当にぼくくらい不幸なものはないのである。
ぼくをちょいと見た者は、どこを押せばそんな嘆きの音が出るのかと怪しむだろう。身体はぴかぴか黄金色に光って、たいへんうつくしい。小さい子供なら、ぼくを金だと思うだろう。ぼくをよく知っている工場の人たちなら、それがたいへん質のいい真鍮であることを一目でいいあてる。実際ぼくの身体はぴかぴか光ってうつくしいのである。
ぼくは、或る工場に誕生すると、同じような形の仲間たちと一緒に、一つの函の中に詰めこまれ、しばらく暗がりの生活をしなければならなかった。その間ぼくは、うとうとと睡りつづけた。まだ出来たばかりで、身体の方々が痛い。それがなおるまで、ぼくは睡りつづけたのである。
それから数十日経って、ぼくは久しぶりに明るみへ出た。
そこは、倉庫の中であった。でっぷり肥えた中年の人間が――倉庫係のおじさんだ――ぼくたちのぎっしり詰まっているボール函を手にとって、蓋を明けたのだ。
「お前のいうのはこれだろう。ほら、ちゃんとあるじゃないか」というと、別の若い男がぼくたちを覗きこんで、
「あれえ、本当だ。もう一函もないと思っていたがなあ。どこかまちがって棚の隅へ突込んであったんだねえ。きっと、そうだよ。つまり売れ残り品だ」
といいながら、指を函の中に突込んで、ぼくたちをかきまわした。ぼくはしばらく運動しなかったので、彼の若い男の指でがらがらとかきまわされるのが、たいへんいい気持ちだった。
「売れ残り品じゃ、役に立たないのか」
中年の男が、腹を立てたような声を出した。
「いやいや、そんなことはない。掘り出しものだよ。ありがたいありがたい。これで今度の分は間に合うからねえ。なにしろこのごろは納期がやかましいから、もくねじ一函が足りなくても大さわぎなんだ」
若い男は、うれしそうに目を輝かして、ボール函の蓋をしめた。ぼくたちの部屋は再び暗くなった。
「それみろ。やっぱりありがたいだろうが。お前からよくもくねじさんにお礼をいっときな。売れ残りだなどというんじゃねえぞ」函の外には、倉庫係のおじさんが機嫌をとり直して、ほがらかな声を出す。
「じゃ貰っていくよ。伝票はさっきそこに置いたよ」
「あいよ。ここにある」
それからぼくたちは、若い男の手に鷲掴みにされ、そしてどこともなく連れていかれた。
今から思えば、まだこのときのぼくは希望に燃えて気持は至極明るかった。仲間同士、これからどんなところへいって、どんな機械の部分品となって働くのであろうかなどと、われわれの洋々たる前途について、さかんに談じ合ったものである。
宿命
函の外からは、そのときどきに、いろいろな音響が入ってくる。また人間…