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空中漂流一週間
くうちゅうひょうりゅういっしゅうかん
作品ID3371
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第6巻 太平洋魔城」 三一書房
1989(平成元)年9月15日
初出「名作」1939(昭和14)年9月
入力者tatsuki
校正者土屋隆
公開 / 更新2004-04-29 / 2014-09-18
長さの目安約 36 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   「火の玉」少尉


「うーん、またやって来たか」
 と、田毎大尉は、啣えていた紙巻煙草をぽんと灰皿の中になげこむと、当惑顔で名刺の表をみつめた。前には当番兵が、渋面をつくって、起立している。
 ここは帝都に近い××防衛飛行隊本部の将校集会所だった。
「ほう、大尉どの。誰がやって来たのでありますか」
 一週間ほど前に、この飛行隊へ着任したばかりの戸川中尉が、電話帳を繰る手を休め、上官の方に声をかけた。
「うむ、例の『火の玉』少尉が、またやって来たのだ」
「えっ、『火の玉』少尉?」
 といって、戸川中尉は眉を高くあげ、
「ああ六条のことですな。あの六条のやつは、こっちにいましたか」
 戸川中尉は、少年のように眼をかがやかせ、入口の方をふりかえった。しかしそこには、誰の影も見えなかった。
 そもそもこの「火の玉」少尉とよばれる六条壮介と戸川中尉とは、同期生だったのだ。そして嘗ては、ソ満国境を前方に睨みながら、前進飛行基地のバラックに、頭と頭とを並べて起伏した仲だった。
 この二人は、無二の仲よし戦友だったけれど、二人の性格は全くあべこべだった。戸川中尉が飛行将校にもってこいの細心で沈着な武人であるのに対し、六条の方はその綽名からでも容易に察せられるごとく、満身これ戦闘力といったような感じのする頗る豪快な将校だった。それで二人は、よく仲のよい悪口を叩きあったものだ。
「なんだ、貴様は。貴様みたいに、数値ばかり気にやんでいると、数値以上の勝利をあげることなんかできやせんぞ」
 と六条壮介がからかえば、戸川は戸川で、
「莫迦をいうな。貴様みたいに、戦闘をはじめる途端に数値のことを忘れてしまうようじゃ、どうせ碌でもない敵兵に横腹を竹槍でぶすりとやられるあたりが落ちさ」
 と、やりかえすのであった。しかしその実、この二人の将校は、互いに相手の長所を尊敬しあっていたのだ。
 真逆この戸川の言葉が讖をなしたわけでもなかろうが、六条壮介のうえにとつぜん不幸な事件が降って来て、彼は第一線を退かなければならないこととなった。
 その不幸な事件というのは、或る日彼が、ソ連空軍の爆撃の跡を視察するため、崩れかかった家屋の前に立っていたとき、そこへ急カーヴを切り輜重隊のトラックが驀進してきた。呀っといって彼が身をさけた途端に、トラックの運転をしていた兵隊が未熟のためか周章ててハンドルを切り間違え、あべこべにトラックは半壊家屋の支柱に衝突し、轟然たる音響とともに、とうとうその半壊家屋を潰してしまった。そこで屋内へ避けた六条少尉は、不運というか細心の注意を缺いていたというか、その下敷となった。さっそく全員総がかりで、少尉の身体を掘りだしたが、なかなかの重傷で生命のあったのがふしぎなくらいだった。結局そのとき以来、「火の玉」少尉は右腕の自由を失ってしまい、野戦病院に退いて、ついに右腕を上膊…

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