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たにしの出世
たにしのしゅっせ
作品ID3389
著者楠山 正雄
文字遣い新字新仮名
底本 「むかし むかし あるところに」 童話屋
1996(平成8)年6月24日
入力者鈴木厚司
校正者林幸雄
公開 / 更新2001-12-19 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 むかしあるところに、田を持って、畑を持って、屋敷を持って、倉を持って、なにひとつ足りないというもののない、たいへんお金持ちのお百姓がありました。それで村いちばんの長者とよばれて、みんなからうらやましがられていました。
 この長者とおなじ村に、これはまた持っているものといっては、ふるいすきとくわとかまがいっちょうずつあるばかりという、たいへん貧乏なお百姓の夫婦がありました。長者の田を借りて、お米やひえをつくって、その日その日のかすかなくらしを立てていました。
 夫婦はだんだん年をとって、毎日はたらくのが苦しくなりました。それでもじぶんたちの跡をついで、代りにはたらいてくれる子どもがないので、あいかわらず夏も冬もなしに、水田のなかにつかって、ひるやぶよにくわれながら汗水たらしてはたらいて、それでもひまがあると、水に縁のある神様だというので、水神さまのお社に、夫婦しておまいりしては、
「神さま、神さま、どうぞ子どもをひとりおさずけくださいまし。子どもでさえあれば、かえるの子でも、つぶの子でもよろしゅうございます」
といって、一生けんめいいのりました。
 するとある日、きゅうにおかみさんは、からだじゅうがむずむずして、赤ちゃんが生みたくなりました。
「そらこそ水神さまのごりやくだぞ。さあ、早く神だなにお燈明を上げないか」
 こういってさわいでいるうちに、おぎゃあともいわずに赤ちゃんが、それこそころりと、往来さきに、まるい石ころがころげ出すようにして生まれました。
 まったくの話、この子は、石ころのようにちいさく、まるっこいので、つぶ、つぶとよばれている、たにしの子であったのです。
「つぶの子でもと申しあげたら、ほんとうに水神さまがたにしの子をくださった」
 夫婦はこういって、でも、水神さまのお申し子だからというので、ちいさなたにしの子をおわんに入れて、水を入れて、そのなかでだいじにそだてました。
 五年たっても、十年たっても、つぶの子はやはりつぶの子で、いつまでもちいさくころころしていて、ちっとも大きくはなりませんでした。毎日、毎日、たべるだけたべてあとは一日ねてくらして、ああとも、かあとも、声ひとつ立てません。
 お百姓のおとうさんは、やはりいつまでも貧乏で、あいかわらず長者の田をたがやして、年じゅう休みなしに、かせいでいました。
「やれやれ、きょうも腰がいたいぞ」
と、ある日、おとうさんは背中をたたきながら、地主の長者屋敷へ納める小作米の俵を、せっせとくらにつけていました。
 するうち、ふとあたまの上で、
「おとうさん、おとうさん、そのお米はわたいが持って行くよ」
と、いう声がしました。
 ふしぎにおもって、おとうさんがあおむいて見ると、軒さきの高いたなの上にのせられて、たにしの子が日向ぼっこしていました。
 たにしの子が口をきくはずがない、なにかの空耳…

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