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べつ甲蜂
べっこうばち |
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作品ID | 3421 |
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著者 | 横瀬 夜雨 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「雪あかり」 書物展望社 1934(昭和9)年6月27日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2003-08-11 / 2014-09-17 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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春さき、はんの木山を歩くと、かげろふの糸のやうな白い毛がふわりと飛んで來て、顏や頭にひつかかる。ねば/\してうるさいので、取りすてようとしても中々離れぬ。地震蜘の糸だ。いぼとり蜘とも言つてゐる。巣へさはると、おこつて網全體を震動させる。はじめ巣をかける時、五六尺位長い糸を尻から手ぐり出して、空中に飛ばすのである。飛ばされた糸が何かに引つかかると、蜘の巣の幹線となるのだ。高い處からぶらんこして遠くへ渡す糸は大してねばらない、飛ばして引つかける糸は必要上ねばるやうに見える。林中を歩む時、毛蟲から針毛を植ゑられることには驚かないが、この蜘の糸には弱らされる。和漢三才圖會に、或る蜘の吐いた糸で前の物を縛ると其處から腐つて落ちるとあつたが、まんざら跡方のない話でも無ささうである。
熊蜂を投げて見ると、掴まへると同時にりぼんのやうな廣い糸を尻から繰り出して、くる/\と蜂をまはし/\眞白に卷いてしまふ。熊蜂を放りあげると、引つかかつた糸を切り放して蜂を落してよこすし、でなければ蜂の羽や脚には蜘の巣にへばりつかぬ作用でもあるかして、網のはしまで歩いて來てひとりで離れてしまふ。さいかち蟲やかぶと蟲でさへ、どうかかうか喰つて角や羽だけ下へ落すけれど、蜂には先天的にまゐつてゐるらしい。蜂の方でも隨分遠くまで尺とり蟲を探して歩くのを見かけるが、蜘の巣だけはなるたけ避けて通るかに見える。
ただ一種蜂の中のべつ甲蜂だけは蜘を捕る。
ある日の事だ、私は裏庭の日ざしを戀ふて離れの縁に坐つて、見るともなしに榧の木末を仰ぐと、おいらん蜘が中天にかかつてゐる。日ざしのせゐで網は見えない。榧の木の洞に寄生した棕梠は枯れたか知らと見當をつけて探すあたりに、一匹のべつ甲蜂がひよつくり飛んでゐる。と小石のやうに、一直線においらん蜘の網のあたりに、突きあたる。忽ち網にひつかかつた。と見るが早いか蜘は電光の如く蜂に飛びついた。蜘と蜂は一かたまりになつて、私のぢき手前三尺とも隔たらぬ地上に落ちて、ぢき放れた。蜘は動かない。蜂は最初蜘の周りを這ひ廻つてゐたが、やがて蜘をかかへて二三寸飛び上つたまま、庭の上をぶん/\めぐり初めた。
暫くさうしてゐたが、牡丹の根方のくろぼくの上へ止つて蜘をおろした。蜘は死んだやうに身じろきもしない。
蜂はくろぼくの日あたりのいい陰へ下りて口で土を掘ぢくり出した。少しづつ、少しづつ口で掻き/\土を退けはじめた。
私はぢつと見てゐた。蜘は脚を張つたなりやはり動かなかつた。蜂はだん/\と小さな穴をこしらへて、いつか逆立になつて、からだを半分土の中にかくして、せつ/\と動いてゐる。凡三十分はたつたらう。蜂はからだごと土の中へ這入つて、頭だけ出しては土をくはへ出し、飛び上つては土を運び出して、人間の人さし指位はかくせさうな穴を掘りあげた。
穴が出來ると、蜂はくろぼくの上へ置…