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大阪万華鏡
おおさかまんげきょう
作品ID343
著者吉行 エイスケ
文字遣い新字新仮名
底本 「吉行エイスケ作品集」 文園社
1997(平成9)年7月10日
入力者霊鷲類子、宮脇叔恵
校正者大野晋
公開 / 更新2000-06-13 / 2014-09-17
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     1

 北浜の父の事務所から、私は突然N署に拘引された。
 私がN署の刑事部屋に這入ると、そこには頭髪を切った無表情な少女のかたわらに、悄然と老衰した彼女の父が坐っていた。その周囲を刑事たちが取まいて、中年過ぎた警部によって私たちは取調べられた。
 戯れ絵のように、儀礼的な刑事部屋で、あぐらをかいた白毛のまじった老警部が私に言った。
「――チタ子の父から、君を誘拐罪として告訴状を提出しているのだが、君とチタ子とはどんな関係なんだ。」
 私はその訊問に対して率直に答えた。
「――チタ子とは数日前、私が夙川の舞踊場の踊りの帰路を立寄ったR酒場で会ったのです。彼女は自分の勤めている官省のN課長とやってきました。洋モスの着物に、紅帯を締めて、さげ髪に紅色のリボンを結んでいるのを見て、最初は一日恋愛の女学生かと思ったのです。チタ子は同伴のN課長が酒場に註文した甘美な混合酒を飲みながら、彼女は課長に、ヤルー衣裳店に註文した衣裳代を支払ってくれるように懇願しました。するとしばらくN課長は、ご自慢だとみえる黒髭をひねっていましたが、漸く幾枚かの紙幣を男法界が女に烙印でも捺すように与えて、チタ子をある処へ誘ったようでしたが、彼女は商人的な寝床が気に入らないらしく、これを拒絶すると、翌日の夜を仮約束していました。するとN課長は不満そうに立上って、彼女を置いて帰って行きました。チタ子はひどく憂鬱そうな顔をして狭苦しい椅子に埋れていましたが、私が、自分の席へ誘うと、黙々として私の卓子にやってきて、
 ――失礼ですが、妾を天下茶屋の家まで送ってください。
 と、彼女が言いました。私はすこし酔っていましたが、チタ子に請われるままに、タクシーで家まで彼女を送りました。そして別れるとき私はチタ子に接吻したのですが、それについて彼女は、
 ――あなた、忘れてはいやだわ。と、言うのでした。
 翌朝、夙川のアパートメントの独身部屋をノックする音で私は眼ざめました。私はチェンバーメイドが新聞でも持ってきたのだと思ったのですが、這入ってきたのはチタ子でした。彼女は黙々として寝台の枕もとに立っていましたが、しばらくすると寒さのために震えながら私の××に這入ってきました。」
 チタ子の父が苦しそうに咳をした。贅沢な機械でも見るやうに刑事たちが彼女を見たが、チタ子は憂鬱そうに、胯火鉢した男の破れた靴下をみつめていた。
「――午後から神戸へ阪急電車で私はチタ子を連れて行きました。私は海岸通りの女理髪店で、彼女に断髪するように勧めてみました。チタ子は断髪にしたうなじを紺色の海にむかってこころよさそうに左右に振って見せました。私は元町通りの海外衣裳問屋で極彩色の身の廻りのものを二、三買ってチタ子に与えました。そこから私は彼女を連れて、白首女の蝟集する裏町へ行って、チョップ・ハウスのサルーンで、一夜そこ…

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