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ファシズムは生きている
ファシズムはいきている
作品ID3468
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十六巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日
初出「われらの仲間」第六号、1949(昭和24)年2月25日発行
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-10-24 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 林米子さんへ。
 お手紙ありがとう。十二月二十五日の晩は、かえりにおつれがあったから助かりましたが、本郷の通りで、走っていたバスが急停車したとき、ステップのわきの金棒につかまって立っていたわたしのからだが、ブーンとひとまわりふられて、もし、手がはなれたらそのままふりおとされるところでした。わきにいたちゑ子さんが、「あらあ、おっかなかった」といいました。
 あの講演会から病気がわるくなって、いまも床の上です。口述していただいて返事をかきます。あの講演会でもわかるように、この頃だんだんいろいろな作家がファシズムに反対し、日本の独立と平和とを守るためには一致した気持で集りもするようになってきたことは、実にプラスだと思います。東條の家族が、「父は生きたのです」といった十二月二十三日の次の日、わたしたちはA級戦犯容疑者十七名が釈放された記事と写真とをみました。
 釈放された人のなかに、安倍源基という名があります。昭和のはじめ、日本の天皇制が侵略戦争をはじめたにつれて、治安維持法がしだいに殺人的な悪法となってゆきました。安倍源基は、警視庁の特高部長でした。それから人民抑圧の手柄によって、警視総監となり、内務大臣となり、さいごに企画院にゆきました。彼の出世の一段階ごとに治安維持法の血がこくしたたっています。小林多喜二を拷問で殺したのも、安倍源基とその部下の仕事です。岩田義道を殺したのも、上田茂樹をとうとう行方不明のままほうむり去ってしまったのも、彼の立身の一段でした。その頃非合法におかれていた共産党の中央委員のなかに、大泉兼蔵、小畑某というスパイをいれ、大森のギャング事件、川崎の暴力メーデーと、大衆から人民の党を嫌わせるような事件を挑発させたのも、安倍源基とその一味でした。スパイは、日本全国の党組織に入りこんでいて、金、女のことで世間の人が誰しもよくないことと思わずにいられないような行動をする一方、次から次へと組織を売りわたしてこわしてゆきました。治安維持法の犠牲者は、全国に二十万人ほどあります。その三分の二の人びとにとって、安倍源基の名は決して忘れられません。昭和七年から終戦まで、そして今日わたしが床の上でこの手紙をひとに書いてもらわなければならないような健康状態におかれるようになった十数年間のすべての治安維持法関係の書類のかげには、安倍源基の名が関係しています。
 表面上ファシスト団体が解散を命ぜられたといっても、それはちょうど尾津組その他の暴力団が組という組織を変えて近代的な株式会社になり、ますます一般の目からはみわけにくい形で活動をつづけるのと同じような道をたどっています。そのファシスト団体の首領である児玉誉士夫、葛生能久たちが自由市民の生活にまぎれこんできました。
 こういうふうに、国際的に侵略戦争の煽動者であり、ファシズム思想の組織者であったと認められた人び…

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