えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
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![]() ごようのまつ |
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作品ID | 3513 |
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著者 | 横瀬 夜雨 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「雪あかり」 書物展望社 1934(昭和9)年6月27日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | 松永正敏 |
公開 / 更新 | 2003-08-11 / 2018-02-25 |
長さの目安 | 約 8 ページ(500字/頁で計算) |
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庭に生えてゐる木に、親しみを持つは人情である。故郷を離れた人にとつても、然でなければならない。私のやうに一生を蝸廬に過して足一歩も出でぬ者にしては、眼前數尺の自然は殆んど全天地である。一木一草にも感慨は伴ふ。
何代か前に菩提所から移したといふ五葉の松がある。座敷からは幹しか見えず、屋根を痛めるばかりなので、伐らせようとしたら、六七里四方にこれ程の五葉はありません、惜しいぢやありませんかと庭師に留められて、五六間ほど西へ引かせた。高い幹を途中から伐つたので、今のところ形はまづい。
もとは根のぢき上から枝が出てゐて、梯子無しに登れたのが、「平川戸の爺」といふが庭はきしてる頃、箒を使ふのに邪魔だと、下の枝からだん/\に伐つて、ずんぐりにしてしまつたのだといひ傳へる。枝の痕がたがひちがひに瘤々になつてずつと上まで續いてゐる。
小さんのはなしに、庭師の八五郎が殿さまの前へ呼ばれて松を移すことをいひつかる、八五郎しどろもどろに御座り奉つて三太夫をはら/\させるといふのがあつた。其の時八五郎は松に酒を呑ませ、根へするめを卷いて引けば枯れないと説いてゐたが、私の雇つた留さんも「松に呑ませる酒」を買はせた。するめは忘れたかしていはなかつた。前にも入口の松の赤くなつた時、酒を呑ませれば生きかへると、薄めてかけたが、不思議にみどりの色をとり戻した。根へ酒を注ぐ、土に泌みる、泌みて腐る、何か肥料の成分となるのであらう。それにしては松に限つて酒がいるのはどうした理くつか、讀めない。するめに至つては猶さらだ。
五葉に劣らぬふるい木にもつこくがある。これも長年手入をしないので、のび法題にはなつてるが、むかしから少しも太らない。子供の時分兄とふたりで「とりもつち」をこさへる爲に皮を剥いたことがあつた。其ところが疵になつてゐる。太らぬのは其せゐではあるまい。
桃栗三年柿八年といふが、桃は白桃がある、何年目から生つたか忘れたが、生つても、石のやうで一つも喰へぬ。柿は衣紋八彌百匁御所といろ/\あるが、皆若い。栗は十年しか持たない。二年目には鐵砲蟲につかれるのだ。退治すればいゝのだけれど、女ばかりの家では梯子をかけても上れず、枯れるそばから新しく播いて、子供らにさびしい思ひをさせぬやうにしてゐる。大きな丹波栗がある、これは生つた實の十中八は蟲につかれる。そのかはり枝もたわゝに累々と生り下る光景は見事だ。支那栗も三本ある。生りはじめたばかりだから、傳へられるやうにやがて俵に詰める程多量に落ちるかどうか。粒は小さい。
明治三十五年に大演習があつて、うちへは二十四頭の馬が泊つた。その時生えたばかりの頭を馬にくはれた栗の木があり、それからまた伸びたけれど實が生らず、五年たつても十年たつても生らない。この木に限つて小豆粒大の油蟲が木肌一面にたかる。鐵砲蟲が入らぬ樣子なので實はならなくても木が…