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![]() ばくおう |
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作品ID | 3518 |
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著者 | 海野 十三 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「海野十三全集 第3巻 深夜の市長」 三一書房 1988(昭和63)年6月30日 |
初出 | 「新青年」博文館、1935(昭和10)年5月 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 小林繁雄、門田裕志 |
公開 / 更新 | 2005-12-28 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 34 ページ(500字/頁で計算) |
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1
一度トーキーの撮影を見たいものだと、例の私立探偵帆村荘六が口癖のように云っていたものだから、その日――というと五月一日だったが――私は早く彼を誘いだしに小石川のアパートへ行った。
彼の仕事の性質から云って、正に白河夜船か或いは春眠暁を覚えずぐらいのところだろうと思っていったが、ドアを叩くが早いか、彼が兎のように飛び出してきたのには尠からず駭いた。
私は直ぐさま、彼をトーキー撮影所へ誘った。二つ返辞で喜ぶかと思いの外、帆村はいやいやと首を振って、
「トーキーどころじゃないんだ。僕はとうとう昨夜徹夜をしてしまったのだよ」
「ほほう、また事件で引張り出されたね」
「そうじゃないんだ。うちで考えごとをしていたんだ。ちょっと上って呉れないか」
と、帆村は私の腕をとって引張りこんだ。
考えごと――徹夜の考えごとというのは何だろう。
「君に訊ねるが、君は『獏鸚』というものを知らんかね」
と、帆村がいきなり突拍子もない質問をした。
「バクオウ?――バクオウて何だい」
と、うっかり私の方が逆に質問してしまった。
彼は苦が笑いをして暫く私の顔を見詰めていたが、やがて乱雑に書籍や書類の散らばっている机の上から、小さい三角形の紙片を摘みあげると、私の前に差出した。
「なんだね、これは?」
と私はその小さい紙片を受取って、仔細に表と裏とを調べた。裏は白かったが、表の方には、次のような切れぎれの文字が認められてあった。
……0042……奇蹟的幸運により……獏鸚……
どうやらこれは、手紙かなにかの一端をひきちぎった断片らしかった。なるほど「獏鸚」という二字が見えるが、何のことだか見当がつかない。
「一体これは何所で手に入れたのかネ」
「そんなことを訊かれては、まるで事件を説明してやるために君を引張りあげたようなものじゃないか」
と帆村は皮肉を云ったが、でも私が入ってきたときよりもずっと朗かさを加えたのだった。彼は今、話し相手が欲しくてたまらないのだ。
「これは或る密書の一部分なんだよ」と帆村は遠いところを見つめるような眼をして云った。
「そこには、たった三つの違った字句しか発見できない。昨夜一と晩考えつづけて、はじめの二つの字句は、まず意味を察することができたのだ」
密書を解いたと聞くと、私は急に興味を覚えた。
「まず数字の0042だが、これをよく見ると、この四桁の数字の前後が切れているところから見てまだ前後に他の数字があるかも知れないと想像できるのだ。僕は大胆にこれを解いた。これは昭和十年四月二十何日という日附なのだ。この日附を横に書いてみると判る。1042X――ところで月は十二月という二桁の月もあるから、桁数を合わせるためには四月を唯4だけではなく、04と書かねばならない。そうして置いて年月日の数字を間隔なしに詰めると10042Xとなる。だか…