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流線間諜
りゅうせんスパイ
作品ID3529
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第4巻 十八時の音楽浴」 三一書房
1989(平成元)年7月15日
初出「つはもの」1934(昭和9)年~1935(昭和10)年頃
入力者tatsuki
校正者まや
公開 / 更新2005-05-26 / 2014-09-18
長さの目安約 72 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   R事件


 いわゆるR事件と称せられて其の奇々怪々を極めた事については、空前にして絶後だろうと、後になって折紙がつけられたこの怪事件も、その大きな計画に似あわず、随分永い間、我国の誰人にも知られずにいたというのは、不思議といえば不思議なことだった。
 だが、後に詳しく述べるように、このR事件というのは実をいえば当時、国内問題のために非常な重大危機に立っていた某国政府当局が、その国家的自爆から免れる最後の手段として、相手もあろうにわが日本帝国に対して、試みた非常工作なのであった。もし其の怪計画が不幸にして曝露するようなことがあれば其の計画の破天荒な重大性からみて、日本帝国は直ちに立って宣戦布告をするだろうし、同時に列強としても某国を人道上の大敵として即時に共同戦線を張らなければならないことになるのは必定であって結局某国としてはこの怪計画に関し極度に秘密性を保つ必要があったのである。
 一体その怪計画というのはどんなことだったか? それはいま読者諸君の何人といえども恐らく夢想だにされないであろうと思うような実に戦慄すべき陰謀だった。いずれ順序を追って述べてゆくうちにその怪計画の全貌が分る日が来るだろうが、そのときにはきっと筆者の今いった言葉の偽りではなかったことを知っていただけるであろう。
 某国政府当局は、国運を賭けたこの怪計画のために、特によりすぐった特務機関隊を編成して、丁度一年前からわが国に潜入させたのだった。その計画の重大性からいっても、また派遣特務員の信頼するに足る技倆からいっても、この事件は目的を達するまで遂に全く秘密裡におかれるのではないかと思われたのであるけれども、世の中のことというものはなかなかうまくゆかないものであって、運命の神のいたずらとでも云おうか偶然が作った極く瑣細な出来ごとから、その年の十月、この怪計画に関係のある一部分が始めて我が官憲に知られるに至った。これがR事件の最初の一頁なのであるが、それは白昼華やかな銀座街の鋪道の上で起った妙齢の婦人の怪死事件から始まる。そして若しその怪死事件の現場にかの有名な青年探偵帆村荘六が居合わさなかったとしたら、これは舞台が華やかな銀座で演じられたというだけのことで結局極く普通の死亡事件として見遁されてしまったことであろう。一体帆村探偵は何を証拠として、その犯罪の裏にひそんでいた怪奇性を看破したのであろうか。実にそれはたった一個のマッチの箱からだったといえば、誰しも驚くにちがいない。筆者はこの辺で長い前置きを停めて、まず白昼の銀座街を振り出しのR事件第一景について筆をすすめてゆこうと思う。
 それは爽やかな秋晴れの日のことだった。詳しくいえば十月一日の午後三時ごろのことだったが、青年探偵帆村荘六は銀座の鋪道の上を、靴音も軽く歩いていた。丁度彼は永い間かかった或る仕事を片づけた直後で、半ば興…

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