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めでたき風景
めでたきふうけい
作品ID3553
著者小出 楢重
文字遣い新字新仮名
底本 「小出楢重随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1987(昭和62)年8月17日
「小出楢重全文集」 五月書房
1981(昭和56)年9月10日
入力者小林繁雄
校正者米田進
公開 / 更新2002-12-26 / 2014-09-17
長さの目安約 222 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

めでたき風景


 奈良公園の一軒家で私が自炊生活していた時、初春の梅が咲くころなどは、静かな公園を新婚の夫婦が、しばしば散歩しているのを私の窓から十分眺めることが出来た。彼ら男女は、私の一軒家の近くまで来ると必ず立ちどまる。そこには小さな池があり、杉があり、梅があり、亭があるので甚だ構図がよろしいためだろう。
 そして誰も見ていないと思って彼ら二人は安心して仲がいいのだ。即ち細君を池の側へ立たせて、も少し右向いて、そうそう少し笑って見い、そやそや、といって亭主はピントを合せるのだが、私はそれらの光景をあまり度々見せられたためか、どうもそれ以来、写真機をぶら下げた紳士を見ると少し不愉快を覚えるのである。どうも写真機というものは実は私も持っているが、一種のなまぬるさを持っていていけない。
 しかし、そのなまぬるさを嫌っては、どうも近代の女たちからの評判はよろしくないようだと思う。我々は古い男たちよと呼ばれざるを得ないであろう。
 そのなまぬるさを平気でやるだけの新鮮なる修業は、我々明治年間に生年月日を持つ男たちにとっては、かなりの悩みである。
 私は巴里で、誰れかのアミーと共に自動車に乗る時、うっかりとお先きへ失敬して、アミーたちにその無礼を叱られがちだった。
 いつのことだったか、雨が降りそうな日に、私と私の細君とが公設市場の近くまで来た時、理髪屋の前で細君が転んだ、高い歯の下駄を履いていたのだ。私はその瞬間に大勢の人と散髪屋が笑っているのを見たので、私はさっさと歩いてしまったものだ。起き上って私に追いついた細君は、もうその薄情さには呆れたといってぶうぶういった。といっておお可哀そうに、などいって抱き上げることは、私の潜在せる大和魂という奴がどうしても承知してくれないのだ。
 その大和魂の存在がよほど口惜しかったと見えて、東京のNさん夫婦がその後遊びに来た時、細君同士は男子の薄情について語り合った末、その一例として妻は公設市場で転んだ件を話して同情を求めたところ、N夫人は、私の方はもっとひどいのよといった。それは過日市電のすぐ前で雨の日に転んだというのだ。電車は急停車したが、それを見た亭主は、十間ばかり向うへ逃げ出したそうだ。命に関する出来事であるにかかわらず逃げるとは如何なもので御座いましょうといった。御亭主は、それはあなたと、もじもじしているので私はそれがその、我々の大和魂の現れで、かの弁慶でさえも、この点では上使の段で、鳴く蝉よりも何んとかいって悩んでいる訳なんだからといって、すでに錆かかっている大和魂へ我々亭主はしきりに光沢布巾をかけるのであった。

白光と毒素


 女給はクリーム入れましょうかとたずねる。どろどろの珈琲が飲みたい日は入れてくれというし、甘ったるいすべてが厭な日はいらないといって断る。考えてみるにどろどろしたクリームを要求する日は元…

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