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こがね丸
こがねまる
作品ID3646
著者巌谷 小波
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学名作集(上)」 岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年2月16日
入力者hongming
校正者門田裕志
公開 / 更新2001-12-22 / 2014-09-17
長さの目安約 63 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

少年文学序


 奇獄小説に読む人の胸のみ傷めむとする世に、一巻の穉物語を著す。これも人真似せぬ一流のこころなるべし。欧羅巴の穉物語も多くは波斯の鸚鵡冊子より伝はり、その本源は印度の古文にありといへば、東洋は実にこの可愛らしき詩形の家元なり。あはれ、ここに染出す新暖簾、本家再興の大望を達して、子々孫々までも巻をかさねて栄へよかしと祷るものは、
本郷千駄木町の
鴎外漁史なり
[#改ページ]

凡例


一 この書題して「少年文学」といへるは、少年用文学との意味にて、独逸語の Jugendschrift (juvenile literature) より来れるなれど、我邦に適当の熟語なければ、仮にかくは名付けつ。鴎外兄がいはゆる穉物語も、同じ心なるべしと思ふ。
一 されば文章に修飾を勉めず、趣向に新奇を索めず、ひたすら少年の読みやすからんを願ふてわざと例の言文一致も廃しつ。時に五七の句調など用ひて、趣向も文章も天晴れ時代ぶりたれど、これかへつて少年には、誦しやすく解しやすからんか。
一 作者この『こがね丸』を編むに当りて、彼のゲーテーの Reineke Fuchs(狐の裁判)その他グリム、アンデルゼン等の Maerchen(奇異談)また我邦には桃太郎かちかち山を初めとし、古きは『今昔物語』、『宇治拾遺』などより、天明ぶりの黄表紙類など、種々思ひ出して、立案の助けとなせしが。されば引用書として、名記するほどにもあらず。
一 ちと手前味噌に似たれど、かかる種の物語現代の文学界には、先づ稀有のものなるべく、威張ていへば一の新現象なり。されば大方の詞友諸君、縦令わが作の取るに足らずとも、この後諸先輩の続々討て出で賜ふなれば、とかくこの少年文学といふものにつきて、充分論らひ賜ひてよト、これも予め願ふて置く。
一 詞友われを目して文壇の少年家といふ、そはわがものしたる小説の、多く少年を主人公にしたればなるべし。さるにこの度また少年文学の前坐を務む、思へば争はれぬものなりかし。
庚寅の臘月。もう八ツ寝るとお正月といふ日
昔桜亭において  漣山人誌
[#改丁]

上巻


第一回

 むかし或る深山の奥に、一匹の虎住みけり。幾星霜をや経たりけん、躯尋常の犢よりも大く、眼は百錬の鏡を欺き、鬚は一束の針に似て、一度吼ゆれば声山谷を轟かして、梢の鳥も落ちなんばかり。一山の豺狼麋鹿畏れ従はぬものとてなかりしかば、虎はますます猛威を逞うして、自ら金眸大王と名乗り、数多の獣類を眼下に見下して、一山万獣の君とはなりけり。
 頃しも一月の初つ方、春とはいへど名のみにて、昨日からの大雪に、野も山も岩も木も、冷き綿に包まれて、寒風坐ろに堪えがたきに。金眸は朝より洞に籠りて、独り蹲まりゐる処へ、兼てより称心の、聴水といふ古狐、岨伝ひに雪踏み分て、漸く洞の入口まで来たり。雪を払ひてにじり入り、まづ慇懃に…

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