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蠹魚
しみ
作品ID3843
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「現代仏教」1924(大正13)年7月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-15 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は先日来、福島県下にある祖父の旧宅に来ている。
 祖父の没後久しく祖母独り家を守っていたが、老年になったのでこれも東京に引移り、今は一年の大部分空家になっている。夏の休暇に母が子達をつれて来たり、時折斯うやって私が祖母の伴で来たりする外は。
 今度は少し長逗留なので、私はこれ迄一向注意を払わなかった亡祖父の蔵書を見る気になった。良いもの、纏ったものは皆東京にうつされ此方に遺っているのは、ちぐはぐな叢書の端本、一寸した単行本等に過ない筈である。
 ひどくこの地方名物の風が吹き荒んで、おちおちものも書けない或る日、私は埃くさい三畳で古本箱やその囲りに散っている本等を整理した。私が此那好奇心を起したのは、強ち祖父に忠実なよき孫である証拠ではない。昨年の震火災で夥しい書籍が焼けてしまった。これは、直接自分の利害に関係ないことだが私に或る淋しさを与えた。母方の祖父の文庫もこの時完全に失われた。其故、この古家の古本に再び日の目を見せる気になった私の心持の底には、謂わば私心を脱した書籍愛好者魂とでも云うべきものが働いていなかったとは云えない。
 慶応三年新彫、江戸開成所教授神田孝平訳の経済小学、明治元年版の山陽詩註、明治二十二年出版の細川潤次郎著考古日本等と云うものに混って、ふと面白いものが目についた。それは、東京書籍舘書目と云う一冊、飜刻智環啓蒙と云う何のことだか題では私などに見当もつかないもの、及、明治十五年前半期の福島警察枢要書類等である。
 東京書籍館は、今の上野帝国図書館の前身である。いつ何処だのかは覚えないが、この書籍館時代の図書館の内部の木版画を観たことがある。羽織袴、多分まだ両刀を挾した男達が、驚くべく顴骨の高い眦の怒った顔で小さく右往左往している処に一つ衝立があり、木の卓子に向って読書している者、板敷の床を二階に昇ろうとする者の後姿などが雑然と一目で見える絵だ。
 古い草紙につきものの乾いた雲母のにおいを其時なつかしくかいだ。そう云う記憶がある為、偶然見出した書籍館書目は、ひどく私に興あるものに思えたのだ。
 それは、和漢書の部で明治九年に印刷されたものである。四六版、三百十二頁に、十行ならびの大きな活字で書名、著者、年号、冊数が掲載されてある。
 これは、明治八年いよいよ書籍館が独立して旧大学内大成殿に仮館を定め、九年、毎日「午前第九時ヨリ午後第十時ニ至ルマデ内外人ノ覧閲ヲ許シ覧閲料ヲ収メス」と云う規則が出来てから編輯されたらしい。そして、「明治以前ノ著訳出版ニ係ルノ書名及ビ海外新旧出版ノ書名ヲ輯ス」とある。
 震災後の帝国図書館は知らないが、それ以前でも、上野の図書館は決して愉快なところでもなければ、図書館として充分利用出来る便利な処でもなかった。
 索引や蔵書の或る部門の不備さ等は云わないでも、私には、あの雰囲気――役所くさい、うるおいのない調…

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