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田舎風なヒューモレスク
いなかふうなヒューモレスク
作品ID3854
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「写真報知」1925(大正14)年7月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-18 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 都会の者だって夫婦げんかはする。けれども、田舎の夫婦げんかには、独得の牧歌的滑けいがつきものです。いつか村で有名な夫婦げんかが一つあった。
 勇吉という男がある。もう五十八九の年配だ。体の大きいひょうかんな働きてで、どんどん身代をこしらえた。若い時、村の池で溺れかかった中学生を救った時右の人さし指をくい切られて、その指は真中の節からない。よく酒を飲む。女房は、おしまという。亭主に負けない黒い顔で、眼の丸い働きものです。村で一番という位蚕のおき方がうまい。沢山酒ものむし、盆躍りは少し夢中になり過ぎるが、勇吉の身上の半分はもち論このおしまのかせぎで出来たのであった。
 段々暮し向の工合はよくなり、夫婦で骨休めに温泉などへ出かけるようには成ったが、勇吉は子持たずであった。二人はそれをさびしいと思うように成った。夫婦は相談して、おしまの遠縁の娘とその娘に似合の若者とを養子にした。夫婦養子をしたわけだ。元気者ではあるが年とった者ばかりの家へ、極若い男は兵役前という夫婦が加ったから、生活は華やかになった。勇吉もおしまも、老年の平和な幸福が数年先に両手を拡げて待っていると思った。村の者も、それを当然としてうらやんでいた。ところが、ものは順当に行き難いもので、養子が兵役にとられることに成った。勇吉やおしまは、少からず落胆せずにはいられなかった。勇吉達は生来の働きてだから、もち論身体の弱い野良仕事にも出られないような若者を家に入れるはずはない。充分野良のかせぎは出来て、厄介な、一年二年兵隊にとられることだけは免れそうな若者という念の入った婿選びをした――簡単にいえば、清二という若者は、左右の足の大きさが、普通の人の違いより幾らかひどく違っていた。勇吉は、兵隊靴はただ一つの型で作られるから、きっと、貴様のような面倒な足を持った奴は駄目だとはねられるに違いない、と、農夫らしく思い込んでいたと見える。清二は遠方の連隊に入営した。働きてが一人減った。――しかしまあよい。同時に食う口も一つ減ったのだから。が、余りよくないことが、案外なところに潜んでいたのを、先ずおしまが発見し始めました。学問こそないが、おしまも女である以上、妙に鋭い、思い込んで目をつけたらとても眼を逸しっこのない探求心というようなものを持っている。勇吉が清二が留守になってから、どうも始めて清二の嫁はまだ十八の若い、はにかみやの可愛い女であったことをしみじみ見出したらしい様子がおしまに分った。おしまは、時々きいという名のその嫁をひどくしかるように成った。すると、勇吉は、炉ばたでちびちび酒を飲みながら、
「そげえに若えもん叱るでねえよ、今に何でもはあ、ちゃんちゃんやるようになる、おきいはねんねだごんだ」
「何がねんねだ! ひとが聞いたらふき出すっぺえ。ねんね嫁け! お前」
 きいはつらく、涙ぐんで行儀よく手をついて、
「…

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