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しゃしん
作品ID3919
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「輝ク」1936(昭和11)年6月17日号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-03 / 2014-09-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 長さ三尺に高さ二尺六七寸の窓がある。そこには外から室内は見えるが、内部から廊下の方はよく見ることの出来ないような角度で日除け板簾のような具合に板がこまかく張られている。一通の手紙がその板のすき間から投げこまれ、下に畳み重ねてある夜具の上に落ちた。私は本を読んで熱中していたのだが背後のその気勢は素早く感じ、振向いて立ち、二足ばかりで夜具のところに達した。手紙は一人の友達からであった。箱根の山へピクニックしたことも書いてあり、山の上に憩ありというゲーテの詩など感想にふくめて書かれているのだが、ここに封入しました、という十国峠の写真は入っていなかった。封筒の表を改めて見直したら、写真一葉領置と書きこんである。私は合図をして手紙が投げこまれたと同じ窓越しに話をしはじめた。
「今の手紙に、写真が領置になっているらしいんですが、其を下げるにはどういう手続きをとったらいいのでしょうか」
「明日の朝、教誨師さんに特別面会を願ってよくお願いして其から下げて貰うんですよ」
 私には写真のあらましも想像のつくことであったし、そういう特殊な役目のひとにはそれまで厄介になっていず、そういうことまでして、文章の方により活々と描かれている風景の小写真を貰うのが気億劫であった。友達のこまかい親切の一部がそうやって途中でつかえたことを感じ私は暫く黙って布団のつみ重りの前に立っていたが、ふと或ることを思いつき、家族の写真なんかも同じですかしらと訊いた。ええ。写真は皆手続が一つです。私はありがとうと云って、再び板壁につくりつけの小さい机の前に向った。数日後、自分の子供の写真を下げて貰いたいと哀願している女の微かな声に私は緊張した注意と鋭くされた感情とをもって耳を傾けるのであった。
〔一九三六年六月〕



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