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明治のランプ
めいじのランプ
作品ID3950
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「政界往来」1939(昭和14)年7月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-09 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 母かたの祖母も父かたの祖母も長命な人たちであった。いずれも九十歳近くまで存生であったから、総領の孫娘である私は二人のおばあさんから、よく様々の昔話をきいた。母方の祖父も父方の祖父も、私が三つぐらいのとき既に没して、いずれも顔さえ覚えていない。
 二人の祖母たちは、それぞれ祖父とともに波瀾の多い維新から明治への生活のうつり変りを経験したのであるが、父かたの祖父は米沢藩で、後には役人をして晩年福島県の開成山で終った。地位としては大した役人ではなかった様子であるが、この中條政恒という人の畢生の希望と事業とは、所謂開発のこと、即ち開墾事業で、まだ藩があった頃、北海道開発の案を藩に建議したところ若年の身で分に過ぎたる考えとして叱られた。その北海道へ手をつけていた某華族は、明治に入ってから尨大な財産を持つことになったのを見て、政恒は、俺の云うことをきいておれば上杉家は大金持になったのに、と云った由。祖父は進取の方の気質で、丁髷も藩士のうちでは早く剪った方らしく、或る日外出して帰った頭を見ればザンギリなのに気丈の曾祖父が激憤して、武士の面汚しは生かして置かぬと刀を振って向ったという有様を、祖母は晩年までよく苦笑して話した。開発のことが終生頭についていた人であるから、金を蓄える方面は一向に駄目で、島根へ、役人として袴着一人をつれて行っていた暮しの間でも、米沢の家の近所のものには太政官札を行李につめて送ってよこすそうだと噂されつつ、内輪は大困窮。その頃の旧藩士と新政府とに対する微妙な感情から、政恒という人は政府から国のそとで貰う金は国のそとで使ってしまうべしという主義でいたのだそうだ。
 そのときの役が参事司補。曾祖母と隣りの老人とが日向で話している。「今度のお役は何というお役むきでありますか」「参事司補であります」「ホウ、三里四方でありますか?」そういう対手も耳が遠いが曾祖母もやっぱり同様なので、おとなしく「ハイ、そうであります」と答えている。祖母にはそれがつくづくおかしかったと見え、ふざけることの下手な正直者であったが、切下髪を動して「ハイ、そうであります」という口真似から身ぶりまで実に堂に入っていて、私は大よろこびしたものである。
 やがてゴリゴリする白縮緬の兵児帯などを袴着にまでしめさせて、祖父は一つのランプと一張りの繭紬の日傘とをもって国へ帰って来た。そのランプというものに燈を入れ、家内が揃ってそのまわりに坐っていると、玉蜀黍畑をこぎわけて「どっちだ」「どっちだ」と数人の村人が土を蹴立てて駆けつけて来た。火元はどっちだと消しに集ったので、明治初年の東北の深い夜の闇を一台のランプは只事ならぬ明るさで煌々と輝きわたった次第であった。得意の繭紬の蝙蝠傘も曾祖母はバテレンくさいと評した由。
 北海道開発に志を遂げなかった政恒は、福島県の役人になってから、猪苗代湖に疏水事業…

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