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としょかん
作品ID4016
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「文芸」1947(昭和22)年3月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-23 / 2014-09-18
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 あいそめ橋で電車をおりて、左手の坂をのぼり桜木町から美術学校の間にある通りへ出た。美術館の横手をのぼって、博物館前を上野の見晴しの方へ通じるこの大通りは、東京の風景がこんなに変った今もやはりもととあまり違わない閑静さをたもっている。美術学校の左側の塀を越して、紅葉した黄櫨の枝がさし出ている。初冬の午後の日光に、これがほんとに蜀紅という紅なのだと思わせて燃えている黄櫨の、その枝かげを通りすがりに、下から見上げたら、これはまた遠目にはどこにも分らなかった柔かい緑のいろが紅に溶けつつ面白く透いていて、紅葉しつつ深山の木のように重なりあっている葉の複雑な美しさにおどろいた。
 電車の乗り降り場にしては、重々しすぎて陰気な京成電車の、何年もしまったきりの入口を見て左へ折れ、音楽学校前への通りをすぎると、木の下に赤いポストが立っている。そこが上野の図書館入口の目じるしである。きょうは曝書でもやっていてお休みではないかしら、余り久しぶりに行くんだもの、そう云いながら、本当に半信半疑でそこまで来た。けれども、前をゆく三人ばかりの、いかにも図書館の常連らしい中年の男の人々が次々植込みに消えるところをみれば、きょうは開館しているらしい。だらだら坂を、もと入場券売場になっていた小さい別棟の窓口へのぼって行った。そしたら、そこはもう使われていず、窓口から内部をのぞいたら板ぎれなどが乱雑につんであった。七年ばかり前、春から夏、秋、冬と、ちょいちょい通っていた頃は、ここの窓口で特別券を買って昔の新聞などを見た。戦争の間に、ここのしきたりもおのずからかわったのであろう。
 下足場へ下りると、ここは昔ながらの薄ら寒いくらがりで、もと二人いた下足番の爺さんが、きょうは一人で、僅かのはきものの番をしていた。わたしは草履をもって来たんだけれど、と云ったら、じゃあ、下駄はもって行って下さいよ、番号があわなくなると困るからね、あとで、番号が分らなくなってこまるからね、とくりかえし云って、新聞にくるんだ下駄がノートの入った風呂しきにしまわれるの迄を見てから、腰をおろした。この爺さんは、もと来た頃いた爺さんだろうか、下駄をあずかる気分にもちがったところをもっていて、来る人間に、目前の利慾からはなれたこころもちをおこさせる調子があるのである。久しく来なかったら、よくよく様子が変りましたね、入場券、あちらで貰うの、そう訊くと、爺さんは、ああと肯きながら又ひとりでに立ち上って、そこを入って行った右手のところでね、と教えた。
 やっぱり柵の間を通るようになっていて、そこにテーブルをひかえてこちら向きに受付がいる。そこで閲覧料を十銭だせ、と書いてある。十銭ですか、特別も? 黒い毛ジュスの事務服を着た中爺さんは、首だけで合点して、そう、と答えた。この役人風な調子も、やはり上野風である。戦争でやけてしまわなかった図…

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